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取材:2015年3月
降りしきる雨は,時として街の表情を鮮やかに浮かび上がらせる。
太平洋から吹き寄せる湿った風が土佐の街を濡らす,3月の夕刻。
高校生である私は,四国周遊旅の渦中にいた。少し前に降り始めた雨は,静かなしとど雨へと変わっていた。
手にあるのは,高知の街を縦横無尽に網羅する「とさでん交通」の「電車一日乗車券(市内均一区間)」(当時500円)。現存最古の歴史を誇る路面電車に揺られ,しっとりと濡れる土佐の歴史と情景を味わう旅の記録である。
午後3時00分:高知駅前から「とさでん」に乗り込む
日本最古の路面電車網と500円の魔法
高知駅前の一角,雨のしずくが垂れる停留場で電車を待つ。
やってきたのは,クリーム色の車体に青い帯が愛らしい,とさでん交通の路面電車である。
1904(明治37)年に開業したこの軌道は,現存する日本の路面電車としては最も長い歴史を持つ。
運転士から500円で買い求めた一日乗車券を手にとる。日付のスクラッチを削る作業は,これから始まる未知の街への扉を開く小さな儀式のようだ。車内に入ると,吊り掛けモーターの「ウーン」という重低音が響き,雨で濡れたアスファルトの上をすべるように電車が走り出した。
午後3時30分:霧雨の中に佇む「高知城」の天守へ
南国高知の名城と,霞む城下町
高知城前で下車し,追手門(おうてもん)をくぐる。
山内一豊(やまうちかずとよ)によって築かれた高知城は,全国で唯一,本丸の建築群がほぼ完全な形で現存している奇跡の城である。
追手門と天守閣が同時に一枚の写真に収まる珍しい構図をレンズに収めながら,雨に濡れて黒々と光る石垣の階段を登っていく。
木々の葉から落ちる滴が肩を叩く。天守閣に登り詰めると,窓の外には霧雨に煙る高知の街並みが広がっていた。
太平洋へと続く土佐平野が白くかすみ,まるで一幅の山水画のようである。荒々しい土佐の歴史が,雨のヴェールによってどこか優しく,幻想的に包み込まれていく感覚を覚えた。
午後5時00分:高知市立龍馬の生まれたまち記念館へ
幕末の熱気と坂本龍馬の原点に触れる
城を下り,再びとさでんの電車に乗り込んで上町二丁目(かみまちにちょうめ)へ。
ここ上町は,幕末の風雲児・坂本龍馬が生まれ育った地である。駅から歩いてすぐの場所に位置する「高知市立龍馬の生まれたまち記念館」を訪れた。
雨の平日の夕方,館内は静まり返っていた。
展示されているのは,龍馬が駆け抜けた少年時代の記憶や,当時の上町の暮らしである。映像や模型を駆使した展示を巡るうちに,この小さな城下町から,やがて日本を動かす大きなうねりが生まれたのだという事実に胸が熱くなる。
ガラス越しに見る雨の庭園を眺めながら,自分と同じくらいの年齢だった頃の龍馬に思いを馳せた。
午後7時00分:日が暮れた街で味わう名物「鍋焼きラーメン」
鍋焼きラーメンの滋味深い温もり
すっかり日が暮れ,雨足を強めた街を再び電車で巡る。高知城前近くの街並みへ戻り,夕食に選んだのは須崎名物として知られる「鍋焼きラーメン」を提供する「鍋焼きラーメン ちゅるちゅる」である。
ガラリとドアを開けると,出汁の芳醇な香気と温かい湯気が身体を包み込んだ。
運ばれてきた土鍋のふたを開けると,ぐつぐつと音を立てる醤油スープの中に,細麺、鶏肉、ネギ、そして中央に落とされた生卵が浮かんでいる。
ふうふうと息を吹きかけ,アツアツのスープを口に含む。
親鶏の出汁が効いた旨味の濃いスープが,雨で冷え切った高校生の身体の隅々にまで染み渡っていく。後半は生卵を崩し,マイルドになったスープと麺を絡めて一気にすする。シンプルでありながら圧倒的な力強さを持つその一杯は,土佐の人の温かさそのものの味であった。
午後8時30分:雨の「はりまや橋」。「がっかり」の先にある情緒
夜の雨に濡れる朱色の橋
お腹を満たし,最後に向かったのは高知最大の観光名所にして「日本三大がっかり名所」として知られるはりまや橋である。
「土佐の高知のはりまや橋で,坊さんかんざし買うを見た――」
よさこい節で名高いこの橋は,繁華街の交差点の脇にひっそりと佇んでいる。確かに巨大な建造物を期待して訪れれば,そのこぢんまりとした姿に拍子抜けするかもしれない。
しかし,雨の降る夜のはりまや橋は,昼間とは全く異なる表情を見せていた。
街灯の光を反射してしっとりと濡れる朱色の欄干。路面電車のレールが雨に濡れて鈍く光り,時折「ゴトンゴトン」と音を立てて電車が橋の傍らを通り過ぎていく。
誰もいない夜の雨の中,佇む朱色の小橋。それは「がっかり」などという言葉では片付けられない,どこか儚く美しい,古き良き土佐の情緒に満ちていた。
午後9時00分:旅の終わり。雨の音を聴きながら
21時,とさでんの電車に乗って高知駅へと戻ってきた。
わずか6時間ほどの間であったが,1日乗車券を駆使して巡った雨の高知は,歴史の深みと人の温もりに溢れていた。
晴れの日の鮮やかな風景も素晴らしいが,雨の日だからこそ見えてくる街の素顔と情緒がある。
ズボンの裾を濡らしながら歩いたこの夜の記憶は,私の青春のページに,消えることのない深い味わいを刻み込んでくれたのである。
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