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取材:2014年6月
かつて国の威信をかけて造られた巨大空港の,その足元に「忘れ去られた時間」が眠っているのを知っているだろうか。
2014年6月,梅雨の晴れ間の青空はどこか白く霞んでいた。高校生の私は,ポケットに詰め込んだ僅かな小遣いを手に,日暮里駅のホームに立っていた。目指すは,日本一総営業距離が短い鉄道「芝山鉄道」,そしてかつての成田空港駅でありながら,今は隔離された迷宮のように佇む「東成田駅」である。
今回は,昭和の熱気と時代の波に翻弄された,千葉の秘境鉄路を巡る旅の記録である。
京成電鉄の各駅停車に揺られて
旅の始まりは日暮里駅からだ。快特やスカイライナーが最高時速160kmで駆け抜ける成田スカイアクセス線を横目に,私はあえて本線の「普通」列車に乗り込んだ。
車窓から流れゆく下町の景色が,第に緑豊かな房総の田園風景へと移り変わっていく。モーターの唸りと,ジョイントの刻む規則正しいリズムが心地よい。高校生の退屈な日常から,少しずつ非日常へと現実が剥がれ落ちていく感覚に,胸が小さく高鳴った。
宗吾参道駅で乗り換え,さらに進むと列車は「東成田線」へと分岐する。そして京成成田駅からわずか1駅,到着した「東成田駅」では一度下車することなく,そのまま直通する「芝山鉄道線」へと足を踏み入れた。
わずか2.2キロの旅路。日本一短い「芝山鉄道」
東成田駅を出た列車は,すぐに地上へと躍り出る。ここからが「芝山鉄道」の区間だ。全線でわずか2.2km。駅数は,始発の東成田駅を除けば,終点の「芝山千代田駅」だけの、文字通り日本一短い鉄道である。
■芝山鉄道(しばやまてつどう)
成田国際空港の敷地を潜り抜けるように走る,日本一総営業距離が短い普通鉄道。空港建設によって地域が分断された芝山町住民の足として,2002年に開業した。
車窓に広がるのは,見上げるほどの巨大なフェンスと,その向こう側に鎮座する飛行機の尾翼だ。日本の空の玄関口という最先端の空間と,そのすぐ脇を走る単線のローカル線。この強烈なコントラストに圧倒されているうちに,列車はあっけなく終点・芝山千代田駅に滑り込んだ。乗車時間はわずか数分である。
空港の隣に佇む,絵画のような静寂
駅の外に出てまず驚いたのは,世界へ繋がる巨大空港のすぐ隣とは思えないほどの,圧倒的な「静けさ」であった。何千、何万人もの人々が行き交い,常に賑やかな雑踏に包まれているはずの成田空港。しかしフェンスを一枚隔てたこの駅前には,初夏の風が草木を揺らす音だけが穏やかに響いている。
時折,巨大な航空機が轟音を立てて大空へと飛び立っていくが,それが過ぎ去ると,再び深い静寂が辺りを包み込む。国際空港の喧騒をすぐ近くに感じながらも,まるでそこから切り離された別世界にいるような,不思議に満ち足りた静けさ。その心地よい静寂を胸に抱きながら,すぐに折り返しの列車へと乗り込み,再び東成田駅へと向かった。
時が止まった迷宮,旧「成田空港駅」の哀愁
東成田駅で列車を降りると,そこには外の初夏の暑さとは無縁の,ひんやりとした,そして異様なほど静まり返った空間が広がっていた。
コンクリートのホームに降り立つ。耳に届くのは,自分の足音と,遠くでかすかに響く機械の駆動音だけだ。
実はこの東成田駅,1978年の開港から1991年まで,現在の「成田空港駅」を名乗っていた歴史を持つ。かつてはスカイライナーが発着し,海外へ旅立つ人々の歓声と熱気に満ちあふれていた,紛れもない「主役」の駅だったのだ。しかし,JRと京成の本線が空港ターミナル直下へ乗り入れたことで,その座を奪われ,名前を変えられて歴史の表舞台からフェードアウトした。
閉ざされた「スカイライナー」の記憶
誰もいないホームの向こう側を覗き込む。暗がりのなかに,もう使われなくなった「閉鎖されたホーム」が,当時の姿のまま残されているのが見えた。
薄暗い照明の向こう,埃を被った駅名標には,うっすらと「なりたくうこう」の文字が読み取れる。昭和の広告看板,動きを止めたエスカレーター。それはまるで,突然人類が消え去ってしまったシェルターのようであり,あるいは1990年代初頭のまま時を止めたタイムカプセルのようでもあった。
改札を出ると,広いコンコースが広がっている。しかし,かつて旅行客で賑わったであろう案内所や売店はすべてシャッターが下り,固く閉ざされている。高校生の私には,その静寂が少し恐ろしく,同時にどうしようもなくロマンチックに思えた。
時代の進歩という光の影に,これほど巨大な「置き去りにされた過去」がある。誰もいない空間で,かつての喧騒の幻聴を聞くような,不思議なセンチメンタリズムに囚われていた。
500メートルの通路を抜け,現代の成田空港へ
東成田駅から現代の「成田空港第2ターミナル」へは,地下の連絡通路で繋がっている。全長約500メートル。
殺風景なコンクリートのトンネルが,ひたすらまっすぐに伸びている。壁には一定間隔で防犯カメラが設置され,時折,空港の警備員とすれ違う。ここを通る者はほとんどいない。歩くほどに,自分がどこにいるのか分からなくなるような錯覚を覚える。
しかし,歩みを進めるうちに,遠くから次第に賑やかな音が聞こえ始めた。
長い通路の突き当たりを進むと,そこは光に満ちた成田空港第2ビルの地下ロビーだった。
スーツケースを引く世界各国の旅人たち,英語や中国語のアナウンス,色鮮やかな電光掲示板。さっきまでの,あの東成田駅の静寂と,カビ臭い地下の空気はどこへ行ったのだろうか。
まるで,数十年の時間を一瞬で飛び越えて,現代に引き戻されたかのような感覚だった。カメラの液晶に視線を落とす。そこに映る東成田駅のモノクロームな景色だけが,確かに「過去」を旅してきた証拠だった。
昭和の熱気と,平成の機能美。その境界線は,あの薄暗い地下通路のなかに,今もひっそりと隠されているのである。
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