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取材:2014年1月
陽だまりの梅田駅。マルーンの気品に抱かれて,俊足の京都線へ
冬の柔らかな日差しが,ヨーロッパの終着駅を思わせる巨大なドーム状の屋根から降り注いでいた。
2014年1月。快晴の空の下,私は阪急電車の梅田駅(※2019年に大阪梅田駅に改称)に立っていた。冬休みの旅を続ける高校生の私は,大阪と京都を結ぶ二つの偉大な私鉄特急の「乗り比べ」という,密かな冒険に出ようとしていた。9線10面の大パノラマが広がるホーム。そこに滑り込んできたのは,気品ある深い栗色の「マルーンカラー」に身を包んだ,京都線特急の雄・9300系電車であった。
阪急京都線のルーツは,大正時代に新京阪鉄道が当時の最新技術を注ぎ込んで建設した高速新線に遡る。
ライバルである東海道本線(国鉄・JR)に対抗するため,直線主体の線路を最高時速115キロで駆け抜ける俊足ぶりが伝統である。車内に入ると,そこは私鉄特急の概念を覆す贅沢な空間が広がっていた。高級感あふれる木目調の壁に,オリーブグリーンのゴールデンオリーブ色をした,ふかふかのアンゴラ山羊の毛を使用したクロスシート。追加料金のいらない「通常の運賃だけで乗れる特急」としては,破格のクオリティである。
正午直前,列車は静かに梅田駅を発車した。
淀川の長い鉄橋を渡る際,窓の外には遮るもののない青空と,きらきらと輝く水面が広がった。十三、淡路を過ぎると,9300系は本領を発揮し,車体を軽く揺らしながら淀川の北側をぐんぐんと加速していく。冬の晴れ間から差し込む陽光が車内を温かく満たし,モーターの滑らかなハミングが心地よい子守唄のように響く。高槻市、茨木市を過ぎ,やがて大山崎付近で東海道新幹線と並走するデッドヒート。私は,窓ガラスに額を押し付け、流れる北摂の山々を飽きることなく見つめ続けた。
桂を過ぎると列車は地下へと潜り,終着の「河原町駅(※現在の京都河原町駅)」へと滑り込んだ。梅田からわずか40分余り。マルーンの気品に満ちた小旅行は,瞬く間に終わりを迎えた。
京の街角,四条大橋を吹き抜ける風
地下の改札を抜け,地上の四条通へと出ると,古都の冬の引き締まった空気が私を迎えた。
私は,京都の日常と歴史が交差する街並みを散策することにした。
まず足を向けたのは,四条通から北へと伸びる「寺町通(寺町京極商店街)」である。
豊臣秀吉が京都の都市改造の際,洛中の寺院をこの通りに集めたことが名前の由来とされる歴史ある道だ。老舗の和菓子屋や文房具店,古本屋が立ち並ぶ一方で,最新のアパレルショップやゲームセンターも混在しており,地元の人々や私と同年代の学生たちで活気に満ちている。アーケードの隙間から時折差し込む冬の日差しが,歴史ある石畳の雰囲気を優しく照らしていた。
商店街の賑わいを抜け,バスで私は鴨川に架かる「四条大橋」へと向かった。
■ 京都・四条大橋の情景
東を望めば祇園の街並みが広がり,西には先斗町の木造建築が連なる。快晴の空の下,鴨川の澄んだ流れが冬の光を反射して銀色にきらめいていた。橋の上を渡る冷たい風が,歩き疲れた私の頬を心地よく撫でていく。
橋を渡りきると,そこはもう一つの鉄路の入り口,「祇園四条駅」である。
「おけいはん」の誇り。ダブルデッカーの2階席から見下ろす京阪間
地下に佇む京阪電車の祇園四条駅から,私は大阪への帰路につく。
ホームに入線してきたのは,エレガントイエローとエレガントレッドの鮮やかなツートンカラーをまとった,京阪のフラッグシップ「8000系」特急であった。
京阪本線は,明治43(1910年)年の開業以来,淀川の南側,旧街道に沿うように街と街を細繋ぎにして走ってきた歴史を持つ。
カーブが多くスピードでは阪急に劣るものの,京阪は「徹底的なサービスと居住性」で勝負を挑み続けてきた。その象徴とも言えるのが,編成の中央に組み込まれた,追加料金不要の「2階建て車両(ダブルデッカー)」である。
■ 京阪8000系特急 旅のミニ知識(2014年1月現在)
京阪の特急もまた,阪急同様に運賃のみ(特急料金なし)で乗車可能である。2階建て車両の2階席は非常に人気が高いため,始発の出町柳駅や,ここ祇園四条駅の乗車位置に少し早めに並ぶのが,絶景の2階席を獲得するための王道の鉄則と言える。
幸運にも2階席の窓側に腰掛けることができた。
午後2時過ぎ,車は祇園四条を発車。地上へ出ると,驚くほど高い視界が目の前に広がった。普段見上げるはずの民家の屋根瓦や,沿線の標識が,すべて自分の足元を流れていく。車内は落ち着いた色調のクロスシートが並び,阪急の「静謐な書斎」のような雰囲気に対し,京阪はさながら「走るサロン」のような華やかさに満ちていた。
中書島を過ぎ,宇治川と木津川を渡る広大な鉄橋に差し掛かると,2階席からの車窓は真価を発揮した。
快晴の空の青と,広大な三川合流地帯の茅野(かやの)が,パノラマとなって視界一杯に飛び込んでくる。枚方市、香里園と,カーブを滑らかに曲がるたびに,車体が優しくしなる。スピードの限界に挑む阪急のストイックさとは対照的な,景色を五感で楽しませる京阪の粋なもてなし。高校生の私は,贅沢な二階建ての揺りかごに身を委ね,移り変わる大阪平野の景色を心のノートに書き留めていった。
旅の終着。淀屋橋の地下へ
京橋を過ぎると,京阪特急は再び地下へと潜り込み,終着の「淀屋橋駅」へと静かに滑り込んだ。
梅田から河原町,そして祇園四条から淀屋橋へ。
直線的なスピードで京都へ誘ったマルーンの阪急電車。
高い視点と至高の居住性で大阪へと連れ戻したツートンの京阪電車。
同じ「大阪と京都を結ぶ」という目的を持ちながら,これほどまでに哲学の異なる二つの特急を1日で体験したこの小旅行は,高校生の私の拙い感性を心地よく揺さぶり,リュックサックの中に目に見えない確かな豊かさを満たしてくれた。
私は,次の目的地へと向かうため,淀屋橋の長い地下ホームを後にした。私は今日体験した二つの鉄路の座席の温もりと,四条大橋から見上げた鴨川のきらめきを,これから始まる自分の毎日の戦いへのお守りのように胸の奥でそっと反芻し続けたのである。
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