移動を楽しむ

列車の旅

【鉄路の青き異形】南海特急ラピートβでゆく関空への旅。道頓堀の熱気と近未来の風

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年1月鉄の街から海上の空へ。冬の大阪を走り抜ける,紺碧の弾丸冬の凍てつく風が,地下から這い上がる人の熱気と混ざり合う。2014年1月。大阪市営地下鉄御堂筋線のなんば駅に降り立った私は,吐き出す乗客の波に押されるようにして地上へと向かった。冬休みの旅を満喫している高校生の私は,大阪という巨大な都市の心臓部に足を踏み入れた高揚感に包まれていた。これから目指すのは,日本の美意識と近未来のデザインが融合した「南海電鉄の至宝」である。しかしその前に,まずは大阪の生命力が最も色濃く漂う,あの川沿いの盛り場へと歩みを進めることにした。御堂筋を北へ進み,戎橋(えびすばし)の上へ立つ。眼前に広がったのは、お馴染みの巨大なランナーの看板や,せわしなく明滅するネオンサイン,そして独特の調子で飛び交う関西弁の嵐。ここが「道頓堀」である。道頓堀の歴史は,江戸時代初期の慶長20年(1615年),安井道頓(やすいどうとん)らが私財を投じて開削した運河に始まる。かつては芝居小屋が立ち並び,天下の台所と呼ばれた大阪の食文化と娯楽の中心地として栄えてきた。冬の昼下がり...[続く]
列車の旅

【阪急今津線】マルーン色の電車に揺られて。映画『阪急電車』の舞台と,片道15分の小旅行

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年1月マルーン色の車両が運ぶ奇跡。映画『阪急電車』の舞台,今津線を往く冬の午後冬の柔らかな陽光が,マルーン色の車体に反射して美しくきらめいている。2014年1月。映画『阪急電車 片道15分の奇跡』の公開から3年近くが経とうとする冬下がり,私は阪急今津線の始発駅である宝塚駅のホームに立っていた。旅の自由を噛み締めている高校生の私を待っていたのは,マルーン色に気高く輝くお馴染みの車両である。映画の中で数々の温かい奇跡を生み出したあの路線を,自ら旅しファインダー越しにその息吹を感じてみたい。そんな淡い期待を胸に,昼下がりの穏やかな光の中,列車はゆっくりと動き出した。阪急今津線(北線)は,宝塚駅から西宮北口駅までの7.7キロメートルをわずか14分ほどで結ぶ,阪急電車の重要な支線である。大正10年(1921年)に西宝線として開業して以来,阪神間のベッドタウンを繋ぐ生活の足として愛され続けてきた。映画の原作となった有川浩の小説,そして映画そのものが描いたのは,この短い路線を行き交う人々の,ささやかで,けれど人生を少しだけ変えるような心の交流であ...[続く]
列車の旅

【阪急今津線】マルーン色の電車に揺られて。映画『阪急電車』の舞台と,片道15分の小旅行

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年1月マルーン色の車両が運ぶ奇跡。映画『阪急電車』の舞台,今津線を往く冬の午後冬の柔らかな陽光が,マルーン色の車体に反射して美しくきらめいている。2014年1月。映画『阪急電車 片道15分の奇跡』の公開から3年近くが経とうとする冬下がり,私は阪急今津線の始発駅である宝塚駅のホームに立っていた。旅の自由を噛み締めている高校生の私を待っていたのは,マルーン色に気高く輝くお馴染みの車両である。映画の中で数々の温かい奇跡を生み出したあの路線を,自ら旅しファインダー越しにその息吹を感じてみたい。そんな淡い期待を胸に,昼下がりの穏やかな光の中,列車はゆっくりと動き出した。阪急今津線(北線)は,宝塚駅から西宮北口駅までの7.7キロメートルをわずか14分ほどで結ぶ,阪急電車の重要な支線である。大正10年(1921年)に西宝線として開業して以来,阪神間のベッドタウンを繋ぐ生活の足として愛され続けてきた。映画の原作となった有川浩の小説,そして映画そのものが描いたのは,この短い路線を行き交う人々の,ささやかで,けれど人生を少しだけ変えるような心の交流であ...[続く]
列車の旅

【時をかける黄金の列車】「ジパング平泉2号」で行く,奥州平泉ノスタルジー紀行

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月序:日常を脱ぎ捨て,黄金の郷へ2013年7月。私は盛岡駅のホームに立っていた。ポケットのスマートフォンが,現代という日常の重みをちっぽけに主張している。しかし,今日私が向かうのは,ここからおよそ1000年も前の過去――奥州藤原氏が築き上げた,みちのくのユートピア,平泉である。日常の喧騒を切り裂くようにしてホームに入線してきたのは,漆黒の車体に金色のラインをまとった,どこか厳かな列車であった。JR東日本が誇る観光快速「ジパング平泉2号」。その名の通り,かつてマルコ・ポーロが東方見聞録で記した「黄金の国・ジパング」をコンセプトに,2012年のいわてデスティネーションキャンペーンに合わせてデビューしたばかりの485系リゾート列車である。若者にとって,列車の旅とは単なる移動手段に過ぎないことが多い。しかし,この「ジパング」は違った。一歩足を踏み入れた瞬間,そこはすでに平泉の序章として完成されていたのである。承:黒と金の動く城――ジパング平泉2号の衝撃乗車してまず驚かされるのは,1号車と4号車に設けられた展望車,そしてそこに並ぶ大画面の...[続く]
列車の旅

海の鳴る駅へ。廃線前夜の江差線をゆく,往復160キロの叙情旅【2013年7月・完全乗車記】

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月2013年の夏。高校生だった私は,1枚の切符を握りしめて函館駅のホームに立っていた。目的はひとつ。翌年春に部分廃線が決定していた,JR江差線(木古内〜江差間)の終点を見届けることである。鉄道ファンでなくとも,「廃線」という言葉には,どこか胸を締め付ける響きがある。歴史の荒波と過疎化の波に抗えず,やがて地図から消え去る鉄路。その最期の輝きをこの目に焼き付けたいという衝動は,多感な時期の私を北の大地へと駆り立てるに十分であった。旅情を誘うディーゼル音,車窓を濡らす海霧,そして終着駅に漂う静寂。13年7月のあの日,私が駆け抜けた江差線往復の旅路を,当時の空気感そのままに振り返りたい。函館駅から出発:日常から非日常への境界線お昼過ぎの函館駅は,観光客と地元客が入り混じり,独特の活気に満ちていた。しかし,私が乗り込んだ江差線直通の1両編成のキハ40形気動車(ディーゼルカー)の車内には,どこか寂しげな空気が流れていた。名残を惜しむように車窓を見つめる旅人たちもいれば,いつものように「日常」を過ごす人々もいる。定刻になり,列車はゆっくりと動...[続く]
タワー・展望台

【函館観光ルート】市電ガタゴト一人旅。朝市から五稜郭タワー,気品漂う旧函館区公会堂まで

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月北の鉄路ときしむ風。路面電車で往く,歴史と異国情緒の小旅行北の大地を包み込む雲は,どこまでも低く,そして重い。太平洋からの湿った風が津軽海峡を渡り,函館の街に灰色のヴェールをかけていた。2013年7月。私はこの歴史ある港町に立っていた。どこか愁いを帯びた曇天の空模様こそが,幕末から明治への激動を生き抜いた函館の記憶を呼び覚ます,最高の舞台装置であるかのように思えた。海峡の恵みと,目覚めぬ朝の活気旅の始まりは,五感を揺さぶる磯の香りと威勢のいい掛け声からだった。函館駅にほど近い「函館朝市」は,早朝から多くの観光客と地元の人々で賑わいを見せている。水槽の中で蠢く活イカ、山積みにされた毛蟹、網の上で弾けるホタテの香ばしい匂い。まだ幾分眠気の残る身体を引きずりながら,私は市場の一角にある食堂の暖簾をくぐった。注文したのは,小ぶりながらも艶やかに輝くイクラと,叩き立てのイカが載った丼である。2013年当時の函館周辺海域は,津軽海峡の複雑な潮流が育む絶好の漁場として知られ,とりわけ夏のマイカ(スルメイカ)は格別の味わいを誇っていた。口に運...[続く]
列車の旅

【時をかける黄金の列車】「ジパング平泉2号」で行く,奥州平泉ノスタルジー紀行

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月序:日常を脱ぎ捨て,黄金の郷へ2013年7月。私は盛岡駅のホームに立っていた。ポケットのスマートフォンが,現代という日常の重みをちっぽけに主張している。しかし,今日私が向かうのは,ここからおよそ1000年も前の過去――奥州藤原氏が築き上げた,みちのくのユートピア,平泉である。日常の喧騒を切り裂くようにしてホームに入線してきたのは,漆黒の車体に金色のラインをまとった,どこか厳かな列車であった。JR東日本が誇る観光快速「ジパング平泉2号」。その名の通り,かつてマルコ・ポーロが東方見聞録で記した「黄金の国・ジパング」をコンセプトに,2012年のいわてデスティネーションキャンペーンに合わせてデビューしたばかりの485系リゾート列車である。若者にとって,列車の旅とは単なる移動手段に過ぎないことが多い。しかし,この「ジパング」は違った。一歩足を踏み入れた瞬間,そこはすでに平泉の序章として完成されていたのである。承:黒と金の動く城――ジパング平泉2号の衝撃乗車してまず驚かされるのは,1号車と4号車に設けられた展望車,そしてそこに並ぶ大画面の...[続く]
列車の旅

【485系白鳥】津軽海峡を越える。青函トンネルに消えた,北東の鉄路の記憶

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月2013年7月。高校生だった私は,まとまった夏休みを利用して,1枚の切符を握りしめていた。目的地は北海道。しかし,今や誰もが選ぶであろう北海道新幹線は,この時まだ影も形もない。あったのは,青森と函館を結ぶ「特急白鳥」,そして青森と札幌を夜通し走る「急行はまなす」が最後の輝きを放っていた時代である。今回乗車したのは、国鉄時代からの伝統を色濃く残す485系3000番台・特急「白鳥23号」である。新幹線開業を数年後に控え,青函の鉄路が激変しようとしていたあの夏。本州の果てから海の向こうへと渡った,ある日の旅路をここに書き残しておきたい。本州の終着駅,青森駅の哀愁13時過ぎ。リゾートしらかみを降り,青森駅のホームに立つと,潮の香りが微かに鼻腔をくすぐった。かつて青函連絡船が就航していた時代,この駅は本州の文字通りの「終着駅」であり,北海道への「玄関口」であった。連絡船が廃止されて四半世紀が経った2013年現在でも,長く伸びたホームや,跨線橋の古びたコンクリートには、かつて数多の旅人が行き交った時代の哀愁がべっとりと張り付いている。不意...[続く]
船旅

【津軽海峡の記憶】黄色い船体が紡ぐ,消えない汽笛の物語。青函連絡船「八甲田丸」と海の昭和史

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月津軽海峡の波涛を越えて。青森駅のホームの先に眠る,巨大な迷宮への扉夏の鈍い光が,どこまでも続く平らな海面を白く照らしていた。本州の北の終着駅,JR青森駅のホームに降り立つと,磯の匂いを孕んだひんやりとした風がリュックサックを背負った私の頬をなでた。夏休みの旅を続ける高校生の私は,かつて数多の旅人たちが胸を締め付けられるような思いで眺めたであろう,あの「津軽海峡」の波際へと歩みを進めた。駅の跨線橋を渡り,海沿いの遊歩道を少し進むと,青空を背景にひときわ鮮やかな,向日葵のような黄色い船体が突如として姿を現した。その名は「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」。昭和63年(1988年)の青函トンネル開業とともにその役目を終え,現在は青森港に当時の姿のまま係留・公開されている、日本初の鉄道連絡船ミュージアムである。青函連絡船は,明治41年(1908年)から日本の高度経済成長,そして昭和の終焉に至るまでの大半の時代,本州と北海道という二つの大地を繋ぎ続けた国家的な大動脈であった。かつて石川啄木が「青森の駅の山手に/うち向ひ/そつと生命を(...[続く]
列車の旅

【リゾートしらかみ】五能線の風に吹かれて。青と緑の幻想紀行

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月フェリーで秋田に到着,その続きのお話。緑の列車が運ぶ,夏の予感次に目指すのは,鉄道ファンの間で「一度は乗るべき路線」として必ず名が挙がる五能線。そして私を待っていたのは、橅(ぶな)の木々を思わせる鮮やかな緑色をまとった「リゾートしらかみ1号」である。2013年現在,この「橅編成」はリゾートしらかみの運行開始当初からの歴史を背負う,どこかノスタルジックな気品を漂わせた車両だ。キハ48形気動車を改造したその車体に一歩足を踏み入れると,大きな窓から差し込む夏の光が,旅の始まりを雄弁に告げていた。午前8時20分,列車は静かに秋田駅を滑り出した。能代駅の挑戦:ホームに響く歓声とバスケの街列車は奥羽本線を北上し,東能代駅からいよいよ五能線へと入る。最初のハイライトは,すぐに訪れた。バスケの街として全国にその名を知られる能代市の中心駅,能代駅である。ここでは「リゾートしらかみ1号」の乗客のために,10分間の停車時間が設けられている。ホームに降り立つと,そこには本物のバスケットゴールが設置されていた。「シュートが決まれば,記念品を差し上げます...[続く]
船旅

【日本海夜行便】新日本海フェリーで新潟から秋田へ!夜行フェリーで行く夏の東北・鈍行旅

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月はじめに:夜の海に惹かれて高校生の夏休みは,いつも少しだけ無謀で,それでいてひどく退屈なものである。手元にあるのは,いつもは部活の道具を入れているリュックサックと,いくばくかの小遣いだけだ。普通列車を乗り継ぐだけの旅も悪くはないが,どこか冒険の味が足りない。そう考えていたとき,地図の上の日本海を縦断する一条の航路が目に留まった。新日本海フェリー。福井県の敦賀から新潟・秋田、そして北海道の苫小牧へと至る大型客船である。その途中わずか一区間,新潟から秋田までの夜行航路。それこそが,今回の旅にふさわしかった。私は未知の船旅へと歩みを進めた。夕闇の新潟駅から港へ、そして乗船旅の始まりはJR新潟駅である。北陸新幹線開通前夜の脇野田駅を訪れ,485系「快速くびき野」に乗車し新潟駅に到着した。万代口のバスターミナルへと向かう。独特のスイッチバック式バス乗り場から,新潟交通(バス)に乗り込む。目指すは「新潟フェリーターミナル」である。運賃は200円、およそ15分ほどの短いバス旅だ。フェリーターミナル最寄りのバス停で降りると,暗闇の中目の前にそ...[続く]
駅巡り

【駅旅】消えゆく地上駅・脇野田。北陸新幹線開業前夜,変わりゆく信越本線の記憶を歩く

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月2015年春の足音と、消えゆく「日常」2013年 7月。夏の瑞々しい青葉が,どこか湿気を含んだ風に揺れている。いま,鉄道ファンの熱い視線が注がれている場所がある。2015年春に開業を控えた北陸新幹線(長野〜金沢間)の沿線だ。新しい時代の幕開けは,同時に,古き良き景色の終焉を意味する。新幹線がもたらす「速さ」と引き換えに,私たちは何を失ってしまうのだろう。そんな感傷に背中を押され,私は列車に乗り込んだ。目指すは,信越本線の小さな木造駅舎――「脇野田(わきのだ)駅」。新幹線「上越妙高駅」の建設に伴い,ルートごと移設され,その姿を消すことが決まっている駅だ。直江津から普通列車に揺られ,最後は今や貴重となった国鉄型特急車両で走る「快速くびき野」で新潟へ。変わりゆく新潟の鉄路の「今」を焼き付ける,短い旅の記録をお届けする。直江津駅から始まる旅。交差する過去と未来旅の始まりは,かつて日本海側の交通の要衝として栄えた直江津(なおえつ)駅。信越本線と北陸本線が交わるこの巨大なターミナル駅も,新幹線が開業すれば,並行在来線としてJRから第三セク...[続く]
列車の旅

【鈍行の奇跡】超特急が駆ける鉄路を,あえて普通列車でゆく。ほくほく線で出会った里山とアートの記憶

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月韋駄天たちの高架線を,揺られながらゆく。小雨の魚沼盆地に響く,1両編成の鼓動夏の雨は,すべてを濃い緑へと変えていく。2013年7月。小雨がアスファルトを静かに濡らす昼下がり,私はJR上越線の新幹線停車駅,越後湯沢駅を訪れていた。夏休みの旅に出た高校生の私は,ある「特別なローカル線」へ乗車するためにこの地を訪れた。目指すは,北越急行ほくほく線。首都圏と北陸地方を最短距離で結ぶため,平成9年(1997年)に開業した高規格地方鉄道である。当時のほくほく線といえば,JR西日本の特急「はくたか」が最高時速160キロメートルという,在来線国内最高速度で駆け抜ける大動脈としてその名を轟かせていた。新幹線並みの高架線と一直線のトンネル群。そんな韋駄天たちが主役の鉄路を,あえて2両や1両編成の「普通列車」でのんびりと旅する。それこそが,効率と速さを求める現代において,贅沢で少しばかりへそ曲がりな,高校生の私なりの冒険であった。乗車した115系の普通列車は,越後湯沢駅を滑らかに発車した。上越線の線路をしばらく進み,やがて列車は,ほくほく線の実質的...[続く]
駅巡り

【日本一のモグラ駅 土合駅】静寂と異世界情緒をめぐる旅

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月「本当に、この下に駅があるの?」高校1年生の夏休み。とある友人に旅に出ようと勧められるがままに,群馬県の水上駅から下り列車に乗り込んだ私たちを待っていたのは,想像を絶する「日常の終わり」だった。今回は北海道&東日本パスを利用,「日本一のモグラ駅」として名高いJR上越線・土合(どあい)駅の訪問記をお届けする。ネットの噂や写真だけでは決して伝わらない,あの地下深くの静寂と,這い上がる者だけが味わえる達成感。16歳の夏の記憶を,そのままここに書き残したい。旅の始まり:水上発,深い緑の奥へ2013年7月。梅雨が明けたばかりにもかかわらず,どこか晴れない関東地方は、うだるような暑さに包まれていた。高崎駅から115系電車に揺られて1時間,乗換駅である水上駅に到着する。ここから先,新潟方面へと向かう普通列車は,1日にわずか5往復(※定期列車)しか存在しない。まさに秘境の入り口だ。水上駅のホームに滑り込んできた3両編成の115系。モーターの重々しい唸り声を上げながら,列車は利根川の上流に沿って山を登っていく。車窓を流れる湯桧曽(ゆびそ)の山々...[続く]
バス旅

11.平和の街 長崎を巡る

長崎観光も後編となりました。出島長崎といえば出島!ということで訪れたのはこちらへえ…出島ってこんなに小さいのか…という冗談も挟みつつ、こちらが本物の出島内部です。出島の中にミニ出島があるという入子構造になっています。残念ながら(?)建物のほとんどは復元によるものだそうですが、かつてここ出島が日本から世界へとつながる拠点であったことは感慨深いものです。旧出島神学校そんなかつて出島として整備された人工島の角に位置しているのがこの旧出島神学校です。そして今撮影している場所、学校の左右に伸びる道は江戸時代は海であったというのだから驚きです。商人としてやって来たのは祖国から離れた遠い異国の地、それも文化もまったく異なり、現代のような自由も保障されていない中、最後に頼るのは神という当時の外国商人の人々に思いをはせることのできる場所です。築町電停→赤迫電停再び路面電車に乗車、目指すのは終点赤迫電停です。ただ特にすることもないので折り返し赤迫電停→松山町電停途中の松山町で下車、長崎に来たら絶対訪れておきたい場所へ平和公園電停から通りを渡り、到着したのは平和公園です。噴水の手前に石に刻まれている言葉が、...[続く]
バス旅

10.和洋の入り交じる幕末の長崎を巡る

長かった旅も今日が最終日となりました。今日は朝から長崎市内を観光、観光を一通り終えたら特急かもめで博多・福岡へ、夜の飛行機で東京まで戻ります。まずは初めて訪れた長崎がどんな街から知ることから始めましょう。長崎駅前電停→蛍茶屋電停長崎といえば街中に張り巡らされた路面電車網です。昨日はレンタカーを使い旅をしてきましたが、今日は路面電車で市内観光をメインに予定しています。まずは蛍茶屋を目指します。蛍茶屋電停は昨日レンタカーで通過した日見バイパスに位置しています。すぐ目の前にそびえ立つ山と山肌に建てられた住宅が長崎らしさ全開です。蛍茶屋電停→正覚寺下電停続いては朝夕限定の運転系統である4系統で、正覚寺下へ向かいます。正覚寺下の特徴は、何と言っても電停そのものです。それが、こちら線路が敷いてある場所、そこは川の上に架かっているのです。ここ正覚寺下電停は玉帯川上に位置しており、小さなホームからは川面を望むことができます。この小さな玉帯川は市電の走る思案橋通りの下を暗渠として流れています。思っていたよりも良い雰囲気の街でしたので、今度は市電ではなく街中を歩いてみることにします。めがね橋正覚寺下電停か...[続く]
バス旅

9.初のドライブ旅 雲仙編

初のドライブ旅、鬼池港からフェリーに乗船します。鬼池港鬼池港は国道324号に隣接しており、また有明海の内側に面する位置にあります。こちらが鬼池のフェリーターミナルです。今回は熊本市内からここまで一緒に旅をしたレンタカーも連れて乗船します。自動車を船に乗せるのは初めてのため、念のため余裕をもって到着、早めにチェックインをしておきました。鬼池港の周辺を10分程度散策していると、まもなく乗船の案内が流れ、車に戻ります。最後に、鬼池港そばの天草四郎像を見上げて熊本県を離れます。島鉄フェリー 鬼池港→口之津港レンタカーを車両甲板に停車させ、荷物を持って客室に移動します。しばらくするといよいよ出港の時刻となりました。有明海の両端の入口を結ぶように、フェリーは海を横断します。潮の流れは穏やかでした。このフェリーは乗船時間は約30分ほどで、そう長くはありません。そのため、しばらく進むと対岸の長崎県は雲仙岳もくっきりと見えるようになりました。客室から景色を撮影したり、船内を散策したりして時間を過ごしていると、まもなく口之津港に到着です。長いようで短い船旅でした。船は無事に口之津港に到着、みなさん順序よく...[続く]
バス旅

8.初のドライブ旅 天草編

いよいよ今日が初の車旅となりました。ちょうど1か月前に自動車免許を取得したばかり、初心者マークが手離せない新人ドライバーですが、果たして無事故で旅を終えることはできるのでしょうか。今日の行程は、宿のあった熊本市内から、宇土半島を進みそのまま天草へ、天草下島の鬼池港からカーフェリーに乗船、長崎県の南島原にある口之津へ渡ります。そのまま雲仙の山を自動車で上り、温泉を満喫した後、今日の目的地であり初めて訪れる長崎市内までのロングドライブです。熊本→三角まずはホテルからは電車で熊本駅に移動、熊本駅前のレンタカー屋さんにて今日のお供であるレンタカーを借ります。たどたどしくチェックインを済ませ、恐る恐る熊本駅前のレンタカー屋さんの敷地から、緊張感を持ちながら左右を確認、車を発進させます。しばらくしたら交通量の多く緊張感の抜けない熊本市内を抜け、隣の宇土市から宇土半島を天草方面に伸びる、国道57号に出ます。国道沿いの途中のコンビニに休憩がてら立ち寄った際、目の前に広がっていたのは有明海でした。干潟で有名な有明海ですが、この目で見るのは初めてです。しばしの休憩を終え、引き続き同じ国道57号を走ります。...[続く]
バス旅

7.路面電車で巡る鹿児島市内観光

特急 はやとの風で鹿児島中央駅に到着しました。鹿児島中央電停→高見馬場電停鹿児島中央の駅前です。鹿児島中央駅といえば大階段のイメージがありましたが、いつの間にか改良工事がなされなくなってしまったそうです。鹿児島のしない交通の定番である、路面電車に乗車します。中央駅から鹿児島の中心市街地、天文館まで移動します。鹿児島グルメ鹿児島といえばラーメン!ということで昼食はこちらのお店に寄りました。そしてもう1つの定番である、巨大なかき氷屋さんにもデザートがてら立ち寄ります。店の前ではこちらも大きなシロクマが出迎えてくれます。鹿児島市内散策天文館と呼ばれる鹿児島の繁華街では、このようにアーケードが張り巡らされ、天候関係なく買い物を楽しむことができます。奥に見える鳥居は、鹿児島の氏神である照國神社です。その奥、山の中腹の建物は城山ホテルで、鹿児島市内の景色を一望できます。そしてその照國神社鳥居のそばにあるのが、市内でおそらく一番大きな公園である中央公園です。鹿児島市中央公民館西郷隆盛銅像です。上野公園の銅像とは異なり犬は連れていません。鹿児島市役所から海に向かって一直線で整備されているのは、みなと大...[続く]
バス旅

6.いさぶろう・はやとの風で行く肥薩線の旅

熊本は水前寺のホテルで一夜を明かし、朝からまた旅を続けます。熊本駅→人吉駅熊本駅から乗る列車は、いさぶろう1号です。この列車は熊本から八代までを鹿児島本線、八代から肥薩線に入り球磨川に沿って人吉、人吉から先は日本三大車窓の一つに数えられる矢岳高原を走り、終点である鹿児島県の吉松までを走ります。特に八代から先の肥薩線内は美しい車窓が連続しており、乗っていて飽きない路線です。この旅のメインでもあり、ここまで来るのをとても楽しみにしていました。いさぶろう号から望む車窓です。窓のカーテンも通常のカーテンではなく、すだれが採用されており旅の雰囲気を上げてくれます。このいさぶろう号に使用されている車両は元は通常のローカル線で使用されている気動車でしたが、2004年の九州新幹線一部区間開業に伴い、この風光明媚な肥薩線を走る観光列車に改造されました。私はこの列車に乗車するのは今回が初ではなく、以前小学生だった頃に乗車したことがあります。その時は熊本駅発着ではなく、人吉~吉松の区間のみの運転でした。この今乗車しているいさぶろう1号も、当時は人吉駅を始発としており、現在乗車している熊本から人吉までの区間は...[続く]
バス旅

5.熊本の鉄道を駆使し市内を巡る

天神から西鉄を乗り継ぎ、太宰府を経由して大牟田までやって来ました。その大牟田からまた旅を続けます。大牟田駅→上熊本駅ここ大牟田は、かつて三井三池炭鉱が存在、石炭資源の街として栄えた歴史があり、それは2015年に明治日本の産業革命遺産として世界遺産にも認定されました。江戸時代から採掘の行われていた歴史のある炭鉱ですが、エネルギー政策の転換により閉山となりその歴史に終止符を打ちました。また、県境をまたいだ熊本県荒尾市とも関係が深く、同一の都市圏を形成しています。裏を返せば、一体的な市街地に県境が引かれている事例は数少ないということです。ここで採掘された石炭は、日本各地の近代化に大きな貢献を果たしました。その歴史が少しではありますが駅でも感じることができます。大牟田までは西鉄で移動してきましたが、ここから先熊本県内にはJRのみが路線を伸ばしています。普通列車で各駅に停車し、熊本駅の1つ手前、上熊本駅に到着です。上熊本駅→御代志駅ここ上熊本駅には、JRの他に熊本市電・熊本電鉄が乗り入れるターミナルとなっています。各路線の駅は隣接しており、乗り換えに不便することはないでしょう。そんな上熊本駅から...[続く]
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4.西鉄で行く太宰府天満宮の旅

福岡のビジネスホテルで一夜を明かし、今日もまた九州の旅を進めることにします。西鉄福岡(天神)駅→太宰府駅西鉄の都心側の起点である福岡(天神)駅は、福岡の伝統的市街地の天神地区のど真ん中に位置しています。元々は現在の福岡・天神地区も古くは博多と呼ばれていた地域の一部でしたが、江戸時代初期に黒田官兵衛がこの地を統治するにあたり、城(現在の舞鶴公園)および城下町(大名・天神)を新たに整備しました。その際に「福岡」と街を名付けたことに始まります。それ依頼、福岡中心部を流れる那珂川を挟んで博多と福岡と呼ばれるようになりました。ゆえに城下町の中心部に始発駅を設置した西鉄の駅は福岡(天神)と呼ばれ、郊外に日本各地と路線をつなげる必要もあった国鉄が設置した駅は博多と呼ばれることになりました。博多駅と博多港を一直線に結ぶ通りは「大博通り」と呼ばれ、国内・海外に行くことができる博多港も同じく伝統的な博多地区に位置しています。今日の旅はまさしく福岡から始まります。昨日は同じ西鉄でも、独立路線である貝塚線に乗車しましたが、今日は念願の西鉄の本線系統に初めて乗車します。特急に乗車し、まず向かうは福岡県といえばこ...[続く]
バス旅

3.福岡でただ鉄道に乗るだけの乗り鉄の旅

旦過市場で昼食を終え、再び旅を続けます。市場から歩くこと約10分、少し迷いながら到着したのは小倉城日本全国の城を回るのも楽しみの1つではありますが、ここ小倉城は19世紀に火災で焼失、昭和になって再建された復元天守。天守の内部も現存天守のような期待も持てなかったので今回はスルーすることに。西小倉駅→香椎駅小倉駅の最寄り駅でもある西小倉駅から、再び列車に乗ります。ふとホームの案内板に目をやると、「回送」の文字が。何がやって来るのかと胸を躍らせながらホームで待っていると…?JR九州のD&S列車の1つ、「海幸山幸」が!この列車は宮崎地区のローカル線で普段運用されており、ここ北九州地区でお目にかかることは稀だと思われます。当然私も今日の日までこの列車を直接目にしたことはありませんでした。偶然とはいえ、貴重な遭遇だったのではないでしょうか。荒尾行きの列車に乗車、目指すは再び福岡市内に位置する香椎駅です。ここ香椎駅から乗り換えるのは、ローカル風情漂う香椎線!ではなく、JR香椎駅から目と鼻の先に位置する、西鉄香椎駅から伸びる西鉄新宮線です。西鉄香椎駅→西鉄新宮駅終点の新宮駅に到着です。かつて線路はここ...[続く]
バス旅

2.門司港レトロ旅

成田空港でほぼ完徹に近い状態で迎えた朝5時おはようございます成田空港→福岡空港 (NRT→FUK)夏休みに出る旅は日が長くて良いですね。眠たい目をこすりながら荷物検査を終え、搭乗を待ちます。機内ではほぼ寝ていました。どんどん明るくなってゆく空を眺める余裕なんてありませんでした。せっかく窓側の席を予約したのに。残念。福岡空港駅→博多駅飛行機でも気持ち程度の睡眠をとり、無事に定刻通り朝8時には福岡空港に到着しました。ここから九州の旅が始まりますが、まずはきっぷの手配をするため博多駅まで向かいます。福岡空港駅からわずか2駅、5分で九州の玄関口ともいえる、博多駅に到着です。市街地からこんな至近に空港があるなんて、何ともうらやましい限りです。今回主に使用するきっぷは、「旅名人の九州満喫きっぷ」です。JR九州・西鉄を含む九州内の全鉄道に乗り放題(※ただし新幹線・有料特急を除く)となる、非常に優秀なきっぷです。私のような貧乏旅行者にとっては非常にありがたく、また今回の旅のコンセプトはこちらのきっぷをとことん有効活用する、といったものになります。JR博多駅の券売機で無事購入、早速旅に出かけましょう。博...[続く]