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取材:2013年7月
2013年7月。高校生だった私は,まとまった夏休みを利用して,1枚の切符を握りしめていた。目的地は北海道。しかし,今や誰もが選ぶであろう北海道新幹線は,この時まだ影も形もない。あったのは,青森と函館を結ぶ「特急白鳥」,そして青森と札幌を夜通し走る「急行はまなす」が最後の輝きを放っていた時代である。
今回乗車したのは、国鉄時代からの伝統を色濃く残す485系3000番台・特急「白鳥23号」である。
新幹線開業を数年後に控え,青函の鉄路が激変しようとしていたあの夏。本州の果てから海の向こうへと渡った,ある日の旅路をここに書き残しておきたい。
本州の終着駅,青森駅の哀愁
13時過ぎ。リゾートしらかみを降り,青森駅のホームに立つと,潮の香りが微かに鼻腔をくすぐった。
かつて青函連絡船が就航していた時代,この駅は本州の文字通りの「終着駅」であり,北海道への「玄関口」であった。連絡船が廃止されて四半世紀が経った2013年現在でも,長く伸びたホームや,跨線橋の古びたコンクリートには、かつて数多の旅人が行き交った時代の哀愁がべっとりと張り付いている。
不意に,ファンの高音混じりのモーター音がホームに響き渡る。
国鉄の血統,485系3000番台の洗練
特急「白鳥23号」函館行き。
入線してきたのは,鮮やかなリニューアルカラーをまとった485系3000番台であった。
国鉄時代に全国を席巻した特急型一族の生き残りであるが,JR東日本による大規模なリニューアル(化粧直し)を受け,フロントマスクはシャープなLEDライトへと整形されている。しかし,車体全体の流れるようなシルエットや,足元から聞こえる重厚なMT54形モーターの爆音は,紛れもなく昭和の国鉄特急そのものであった。
14時57分。定刻,列車はゆっくりと青森駅を滑り出した。
津軽線,陸奥湾を望む車窓
青森を出た白鳥23号は,しばらくすると津軽線へと入り,北上を開始する。
進行方向右側には,穏やかな陸奥湾が広がっていた。この奥には下北半島があるのだろうか。高校生の浅い歴史知識でも,この海を渡ろうとして命を落とした人々の歴史や,太宰治が歩いた津軽の風土が,車窓の景色に重なって見えてくる。
車内は,帰省客と観光客,そして私のような鉄道ファンで適度に埋まっていた。485系のシートはふかふかとして心地よく,どこか懐かしい。時折,ガタゴトと大きく揺れるのも,在来線特急ならではの情緒である。
列車は蟹田駅を過ぎ,いよいよ一般の列車が立ち入れない「海峡線」へと足を踏み入れていく。
青函トンネル,暗闇の一大スペクタクル
中小国信号場を通過すると,列車の走りが明らかに変わった。
それまでのローカル線の震えるような走りから,新幹線規格で建設された高規格路線へと入り,最高速度140km/hへの加速が始まる。モーターが悲鳴のような高音を上げ,車体が引き締まったように疾走する。
手元に地図アプリを用意し,待ちに待ったその瞬間が今か今かと心躍る。
「まもなく,青函トンネルへと入ります――」
海底53.85キロメートルの小宇宙
本州最後の駅,竜飛海底駅に列車は停車した。
ここで海底駅の観光客は下車することができる。ここを訪れることができた子供達は,一生の思い出となるだろう。しばらくすると列車は発車,車窓は一瞬にして漆黒に包まれた。
全長53.85km。1988年に開通した世界最長の海底トンネル(2013年当時)である。
窓の外は完全な闇だ。しかし,時折通り過ぎる作業用の蛍光灯が,点滅する光の帯となって車内を照らす。新幹線並みの頑強なレールを刻む音が,トンネルの壁面に反響して「ゴー」という凄まじい轟音となって押し寄せてくる。
自分が今,数百万トンもの海水の底,文字通りの「海底」を時速140キロで突き進んでいる。
そう思うと,高校生の胸は得も言われぬ興奮と,少しの恐怖で満たされた。
2013年現在,このトンネル内では,北海道新幹線開業に向けた三線軌条(新幹線と在来線の両方が走れるレール)の敷設工事が夜な夜な進められている。この485系が奏でる爆音も,あと数年で静粛な新幹線の音へと取って代わられるのだ。
トンネル内にある「吉岡海底駅」の緑色の灯りが一瞬で通り過ぎる。そこを越えれば,もう北海道はすぐそこであった。
北の大地へ。函館駅での邂逅
暗闇に包まれてから約30分。突如として,窓の外に目も眩むような夏の光が飛び込んできた。
北海道側の出口,知内駅付近である。
車窓に広がる景色は,本州のそれとは明らかに異なっていた。どこか広大で,どこか乾いた空気感。木々の緑さえも,津軽のものより深く見えるのは気のせいだろうか。
列車は木古内駅を過ぎ,函館湾に沿って最後のラストスパートをかける。右手に函館運輸所を望むと,まもなく終点函館駅だ。
旅を終えて:終着駅のホームにて
頭端式(くし形)のホームを持つ函館駅は,いかにも「北の終着駅」という風情に満ちていた。
改札へ向かう人々の波から少し外れ,僕はここまで連れてきてくれた紫と黄色の485系を振り返った。長い海底トンネルをくぐり抜けてきた車体は,どこか誇らしげに見えた。
2013年の今だからこそ味わえる,在来線特急による津軽海峡越え。
スピードだけでは測れない,旅の「距離感」と「情緒」が,確かにあの暗闇の向こうには存在していたのである。
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