海の鳴る駅へ。廃線前夜の江差線をゆく,往復160キロの叙情旅【2013年7月・完全乗車記】

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取材:2013年7月

2013年の夏。高校生だった私は,1枚の切符を握りしめて函館駅のホームに立っていた。目的はひとつ。翌年春に部分廃線が決定していた,JR江差線(木古内〜江差間)の終点を見届けることである。

鉄道ファンでなくとも,「廃線」という言葉には,どこか胸を締め付ける響きがある。歴史の荒波と過疎化の波に抗えず,やがて地図から消え去る鉄路。その最期の輝きをこの目に焼き付けたいという衝動は,多感な時期の私を北の大地へと駆り立てるに十分であった。

旅情を誘うディーゼル音,車窓を濡らす海霧,そして終着駅に漂う静寂。13年7月のあの日,私が駆け抜けた江差線往復の旅路を,当時の空気感そのままに振り返りたい。

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函館駅から出発:日常から非日常への境界線

お昼過ぎの函館駅は,観光客と地元客が入り混じり,独特の活気に満ちていた。しかし,私が乗り込んだ江差線直通の1両編成のキハ40形気動車(ディーゼルカー)の車内には,どこか寂しげな空気が流れていた。名残を惜しむように車窓を見つめる旅人たちもいれば,いつものように「日常」を過ごす人々もいる。

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定刻になり,列車はゆっくりと動き出した。

江差線(えさしせん)とは
五稜郭駅(函館市)から木古内駅を経由して江差駅(江差町)を結んでいた,全長79.9キロの路線である。このうち,津軽海峡線の一部として機能していた函館〜木古内間とは異なり,木古内〜江差間の42.1キロは,乗客の減少から2014年5月での廃止が決定していた。

五稜郭を過ぎ,列車は津軽海峡に沿って走る。左手に広がるのは,鈍色の海だ。函館の市街地が遠ざかるにつれ,車窓は徐々に北の大地特有の,深く,どこか寂しげな緑へと移り変わっていく。高校生の私にとって,この車窓の変化は,日常のレールから外れて未知の領域へと踏み出していくような,心地よい高揚感を与えてくれるものであった。

木古内を越えて:本当の「旅」が始まる

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列車が木古内駅に到着すると,それまでの複線電化区間が終わり,いよいよ非電化の単線区間へと足を踏み入れる。ここからが,廃線が予定されている「天の川」の流れる静寂の区間である。

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架線柱(電線を支える柱)が消えた車窓は,にわかに広がりを見せる。列車はエンジンを唸らせながら、鬱蒼とした森の中へと分け入っていく。

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木古内を出てしばらくすると,現れるのが「湯ノ岱(ゆのたい)駅」である。この駅は,江差線において極めて重要な役割を持っていた。なぜなら,現代では珍しくなった「タブレット交換」が行われる駅だからである。

【湯ノ岱駅でのタブレット交換】
単線区間で列車同士の衝突を防ぐため,通行許可証(通行手形のようなもの)が入った大きな革製のリングを,駅員と運転士が手渡しで交換する儀式。

ガチャン,という鈍い金属音が響き,列車は再び走り出す。効率化が進む現代社会において,人間同士の確実な手渡しによって列車の安全が守られている光景は,高校生の私に「歴史を旅している」という強い実感を抱かせた。この一瞬の情緒に出会えることこそが,旅の醍醐味であると言える。

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終着・江差駅:最果ての地で見つけたもの

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山あいを抜け,再び視界が開けると,今度は日本海が見えてくる。函館側の津軽海峡とはまた違う,荒々しくも美しい波飛沫。その海沿いをなぞるように走り,列車はついに終点・江差駅へと滑り込んだ。

函館から約2時間半。たどり着いた終着駅は,あまりにも静かであった。

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江差町は,かつて「江差の五月は江戸にもない」と言われたほど,ニシン漁と北前船交易で栄えた歴史ある港町である。しかし,2013年の駅前に往時の喧騒はなく,ただ夏の乾いた風が吹き抜けるばかりであった。

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線路はホームのその先で途切れ,車止めが設置されていた。これ以上先へは進めない。その事実が,旅の終わりと,この路線の運命を暗示しているようで,胸の奥が少しだけ締め付けられた。

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折り返しの発車時刻までのわずかな時間,私は駅周辺を歩いた。古い街並みの面影を残す歴史の重みと,間もなく鉄道を失うという現実のコントラストが,あまりにも切なく,そして美しかった。

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折り返し。木古内駅での下車:旅の終わりと未来への足音

復路の列車に揺られ,私は木古内駅へと戻ってきた。ここで江差線を下車し,私の「廃線乗車旅」は事実上の幕を閉じる。

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木古内駅のホームに降り立つと,すぐ目の前で巨大な高架橋の建設工事が進んでいるのが見えた。2016年春に開業を控えた「北海道新幹線」の線路である。

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新旧のインフラが交錯する木古内駅の光景は,時代の移り変わりを象徴していた。赤字を理由に消え去る在来線と,莫大な投資によって作られる新幹線。高校生ながらに,私は割り切れない複雑な感情を抱かずにはいられなかった。利便性と引き換えに,私たちは何か大切な叙情を置き去りにしているのではないか,と。

まとめ:記憶の中で走り続ける列車

2014年5月,江差線の木古内〜江差間は予定通り廃止された。今ではあの線路も,江差駅の駅舎も,当時と同じ姿では存在しない。

しかし,あの夏,キハ40形の窓から流れ込んできた草の匂いや,湯ノ岱駅でのタブレット交換、そして江差駅の途切れた線路の景色は,今も私の記憶の中に鮮明に残っている。

鉄道を旅することは,その土地の歴史と,そこに生きた人々の記憶をなぞる作業に他ならない。もしあなたが旅に出るなら,ただ目的地へ急ぐのではなく,あえて歴史の影に隠れた「消えゆくもの」に目を向けてみてほしい。そこには,ガイドブックには載っていない,あなただけの特別な物語が待っているはずである。

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▼ 記事で紹介した「江差・函館」のノスタルジックな旅へ
かつて北前船で栄えた江差町には,今も歴史の薫り漂う素晴らしい湯宿が残っています。あの夏に私が感じた風を,ぜひ現地で体感してみてください。
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記事の後半で触れた木古内駅には,現在北海道新幹線が停まります。東京や東北からも,驚くほどスムーズにこの地へアクセスできるようになりました。
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