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取材:2013年7月
序:日常を脱ぎ捨て,黄金の郷へ
2013年7月。私は盛岡駅のホームに立っていた。ポケットのスマートフォンが,現代という日常の重みをちっぽけに主張している。しかし,今日私が向かうのは,ここからおよそ1000年も前の過去――奥州藤原氏が築き上げた,みちのくのユートピア,平泉である。
日常の喧騒を切り裂くようにしてホームに入線してきたのは,漆黒の車体に金色のラインをまとった,どこか厳かな列車であった。
JR東日本が誇る観光快速「ジパング平泉2号」。その名の通り,かつてマルコ・ポーロが東方見聞録で記した「黄金の国・ジパング」をコンセプトに,2012年のいわてデスティネーションキャンペーンに合わせてデビューしたばかりの485系リゾート列車である。
若者にとって,列車の旅とは単なる移動手段に過ぎないことが多い。しかし,この「ジパング」は違った。一歩足を踏み入れた瞬間,そこはすでに平泉の序章として完成されていたのである。
承:黒と金の動く城――ジパング平泉2号の衝撃
乗車してまず驚かされるのは,1号車と4号車に設けられた展望車,そしてそこに並ぶ大画面のモニターだ。車内では平泉の歴史や見どころを紹介する映像が流れており,乗客の旅情をいや応なしに盛り上げる。
「まるで,動く博物館だな……」
思わず独りごちてしまうほど,車内は洗練されていた。高校生の私にとって,指定席券のわずかな510円(2013年現在)を支払うだけで,これほど贅沢な空間を享受できるのは一種の背徳感さえある。
全席リクライニングシートの快適な座席に身を沈めると,列車は静かに盛岡駅を滑り出した。
東北本線を南下する車窓からは,瑞々しい緑の田園風景がどこまでも広がっている。7月の風は,窓を一枚隔てた向こう側で,夏の匂いを孕んで激しく流れていく。
「ジパング平泉2号」は、ただの懐古趣味の列車ではない。485系という,国鉄時代から日本の鉄道を支え続けてきた特急型車両を改造したものである。モーターの唸り声,レールを叩く規則正しいリズム。それらは確かに昭和の,あるいはもっと古い鉄の記憶を宿しながらも、内装のモダンな美しさと奇妙に調和していた。
歴史を尊び,新しい文化を融合させた奥州藤原氏の精神が,この列車そのものに宿っているかのようである。
北上駅、水沢駅と,列車は一駅ごとに過去へと時間を巻き戻していく。そして盛岡を出てから約1時間,列車は目的地である平泉駅へと滑り込んだ。
転:千年の静寂に包まれる,世界遺産・中尊寺
平泉駅に降り立つと,迎えてくれたのは2011年に世界文化遺産に登録されたばかりの,まだどこか熱気を帯びた,それでいて毅然とした町の空気であった。
ここから目指すは,平泉観光のハイライトであり,奥州藤原氏の栄華の象徴である「中尊寺」である。
駅から月見坂の登り口までは,夏の空気が漂っていた。しかし,中尊寺の表参道である月見坂へ一歩足を踏み入れた瞬間,空気の密度が劇的に変わる。
樹齢数百年の杉並木が,天を覆わんばかりにそびえ立っているのだ。木漏れ日が,まるで古い絵巻物の金箔のように地面に斑点(はんてん)を描いている。急な坂道を登るうちに,じっとりと汗がにじむが,通り抜ける風は驚くほどに冷涼で,どこか清聖な響きを持っていた。
藤原清衡がこの地に中尊寺を建立した背景には,前九年の役・後三年の役という凄惨な戦乱があった。敵味方の区別なく,命を落とした者たちの霊を慰め,この地に仏国土(理想郷)を築く。その悲願の結晶が,ここにある。
本堂を参拝し,さらに奥へと進む。私の目的は,教科書で何度も目にした「金色堂」であった。
現在の金色堂は,新覆堂(しんおおいどう)というコンクリート製の建物に守られている。ガラス越しに対面したその姿は,言葉を失うほどの輝きを放っていた。
金色堂 = 皆金色(みなこんじき)の建築×漆芸・象嵌(ぞうがん)の極致
堂全体が金箔で覆われ,夜光貝を用いた螺鈿(らでん)細工や、象牙、宝石が散りばめられている。
しかし,それは決して成金的な悪趣味な輝きではない。むしろ,あまりの美しさに眩暈(めまい)を覚えるような,どこか儚く,哀しいほどの輝きであった。
この黄金の輝きのなかに,清衡、基衡、秀衡のミイラとなった遺体と,泰衡の首級が眠っている。
「国破れて山河あり、城春にして草青みたり……」
後にこの地を訪れた松尾芭蕉が『奥の細道』で詠んだ句が,頭のなかを駆け巡る。
高校生の私には,まだ人生の無常などという高尚なものは分からないかもしれない。しかし,この一瞬にして消え去った栄華の残滓(ざんし)としての黄金を前にしたとき,胸が締め付けられるような,強烈なセンチメンタリズムに襲われたのは確かである。
結:旅の終わりに
帰りもまた,平泉の余韻を引きずりながら列車を待った。
滞在時間はわずか数時間だったかもしれない。しかし,私の心には,あの杉並木の静寂と,暗がりに浮かび上がる金色堂の輝き,そしてそこへ連れて行ってくれた「ジパング平泉号」の凛とした佇まいが,深く,深く刻み込まれた。
1000年前の人々が夢見た理想郷は,2013年の今も,確かにここにあった。
日常に退屈しているすべての若者に,そしてかつて若者だったすべての人に,私は言いたい。今すぐリュックサックを背負い,あの黒と金の列車に飛び乗るべきである,と。
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