【函館観光ルート】市電ガタゴト一人旅。朝市から五稜郭タワー,気品漂う旧函館区公会堂まで

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取材:2013年7月

北の鉄路ときしむ風。路面電車で往く,歴史と異国情緒の小旅行

北の大地を包み込む雲は,どこまでも低く,そして重い。太平洋からの湿った風が津軽海峡を渡り,函館の街に灰色のヴェールをかけていた。2013年7月。私はこの歴史ある港町に立っていた。どこか愁いを帯びた曇天の空模様こそが,幕末から明治への激動を生き抜いた函館の記憶を呼び覚ます,最高の舞台装置であるかのように思えた。

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海峡の恵みと,目覚めぬ朝の活気

旅の始まりは,五感を揺さぶる磯の香りと威勢のいい掛け声からだった。函館駅にほど近い「函館朝市」は,早朝から多くの観光客と地元の人々で賑わいを見せている。水槽の中で蠢く活イカ、山積みにされた毛蟹、網の上で弾けるホタテの香ばしい匂い。まだ幾分眠気の残る身体を引きずりながら,私は市場の一角にある食堂の暖簾をくぐった。

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注文したのは,小ぶりながらも艶やかに輝くイクラと,叩き立てのイカが載った丼である。2013年当時の函館周辺海域は,津軽海峡の複雑な潮流が育む絶好の漁場として知られ,とりわけ夏のマイカ(スルメイカ)は格別の味わいを誇っていた。口に運ぶと,コリコリとした歯ごたえとともに,濃厚な甘みが広がる。冷えた港町の朝に,温かい白米と新鮮な海の幸が,確かな生命の熱量を送り込んでいくのを感じた。リュックサックを背負い直し,食堂を出ると,いよいよこの街の血管とも言える軌道交通へと向かうことにした。

■ 函館朝市 散策ミニ知識(2013年7月現在)
朝市は午前5時頃から開市しており,昼過ぎには多くの店が閉まり始める。路面電車に乗る前にここで朝食を済ませるのが,効率的な函館観光の王道ルートである。

鉄路のきしみが紡ぐ,五稜郭への短い旅

函館駅前電停へ足を運ぶと,アスファルトに埋め込まれた2本のレールが,鈍色の空を映して静かに光っていた。しばらく待つと,独特の重低音を響かせながら,どこか愛嬌のあるフォルムの路面電車が入線してきた。函館市電である。

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大正2年(1913年)に東日本初の電動客車として運行を開始して以来,この市電は100年近くにわたり市民の足を支え続けてきた。車内に一歩足を踏み入れると,木製の床や窓枠が,長い歳月を経て角が取れたかのような温かみを放っている。吊り革が揺れるリズムに合わせて,ガタゴトと発車した。運賃箱の硬貨の音,運転士が鳴らすタイフォンの響き。すべてが小説の1ページのようで,高校生の私は窓の外を流れる景色をただじっと見つめていた。

電車は巴大橋の側をすり抜け,繁華街である五稜郭公園前電停へと滑り込む。ここで下車し,少し湿った風を感じながら,かつて日本が大きく揺れ動いた戦跡へと歩みを進めた。

緑の星に刻まれた、武士たちの夢の跡

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五稜郭公園の敷地に一歩足を踏み入れると,外界の騒がしさが嘘のように消え去り,静謐な空気が私を包み込んだ。曇り空の下,お堀の水面は鏡のように静まり返り,周囲を取り囲む青々とした木々を映し出している。

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五稜郭は,江戸幕府の箱館奉行所が北辺防備の要塞として,元治元年(1864年)に完成させた日本初のフランス式陵堡(りょうほ)五角形の城郭である。設計者は蘭学者の武田斐三郎。大砲の死角をなくすための星型形状であるが,その実戦の舞台となったのは,完成からわずか数年後の戊辰戦争の最終局,箱館戦争(1868〜1869年)であった。旧幕府脱走軍を率いた榎本武揚や,新選組副長・土方歳三らが,それぞれの義を賭けてこの地で戦い,そして散っていった。

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2010年に復元されたばかりの「箱館奉行所」の美しい大屋根を眺めながら,当時の高校生の私は,自分とそれほど変わらない年齢の若者たちもまた,この地で未来を憂い,刀を握っていたのではないかと思いを馳せた。土の匂いと,微かに香る草木の匂いが,歴史の重みを現実のものとして伝えてくるようであった。

地上107メートルから見下ろす,動乱のシンボル

公園の散策を終え,隣接する「五稜郭タワー」へと向かう。2006年に完成した2代目のタワーは,高さ107メートル。エレベーターが一気に上昇し,展望台の扉が開いた瞬間,眼前に広がった光景に言葉を失った。

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地上からは窺い知ることのできなかった,完璧なまでの「巨大な星」が,函館の街並みの中にくっきりと浮かび上がっていた。曇天の低い雲が,星型の鋭いエッジをより際立たせている。遥か彼方には函館山が,そしてその麓には,これから向かう元町の坂道が霞んで見えた。展望台に設置された土方歳三のブロンズ像の横に立ち,彼が見つめたであろう北の果ての景色を同じように見つめる。激動の時代を駆け抜けた男たちの野心と挫折が,この星型の平原に今も深く眠っているかのように感じられ,胸の奥が妙に熱くなった。

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■ 五稜郭タワー 営業情報(2013年当時)
展望チケットは大人840円。年中無休で、夏期(4月21日〜10月20日)は朝8時から夜19時まで営業しており、旅のスケジュールを組みやすいのが魅力である。

基坂を上り,異国情緒が佇む丘へ

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再び市電に乗り込み,五稜郭公園前から一気に末広町電停へと移動する。函館西部の元町地区は,かつて開港地として栄え,西欧の文化がいち早く流入した場所である。電停から山側へと真っ直ぐに伸びる「基坂(もといざか)」のふもとに立つ。かつてこの坂の起点に距離測定の標柱(基標)があったことがその名の由来である。

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一歩ずつ,アスファルトの坂道を上っていく。背後を振り返れば,曇り空の下に広がる函館港と,遠く行き交う船の影が,まるで一枚の古い絵葉書のように静止していた。坂を上り詰めた先,元町公園のさらに奥に,その建物は忽然と姿を現した。「旧函館区公会堂」である。

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明治43年(1910年)に建てられたこの高台の洋風建築は,気品あるブルーグレーと鮮やかなイエローのコントラストが,曇天の空の下にあっても一際鮮烈な存在感を放っていた。左右対称の美しいコロニアル様式の外観,2階のベランダを支える立派な柱。2013年現在も国の重要文化財に指定され,かつてここに集ったモダンな人々,あるいは大正天皇が皇太子時代に滞在されたという華麗な歴史の残り香を,その佇まいから十分に漂わせていた。中に入らずとも,その外観を眺めるだけで,北の果てに花開いたハイカラな文化の息吹が,時を超えて高校生の私の胸にじんわりと染み込んできたのである。

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もう函館を去らなければいけない時間だ。私は再び坂を下り,日常へと連れ戻してくれる路面電車の停留所へと足を早めたのである。

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