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取材:2014年1月
埼玉から横浜の海へ。闇を切り裂く,元旦だけの特別列車
一年の始まりを告げる闇は,どこまでも深く,そして冷徹である。
2014年1月1日。午前4時を回ったばかりの深夜,私は東武東上線の駅ホームに立っていた。いつもなら完全に眠りについているはずの線路の上で,年に一度しか現れない「特別な列車」を待っていた。張り詰めた寒気の中に響くアナウンス。遠くから近づく2条のヘッドライトが,静まり返ったホームを白く照らし出す。入線してきたのは東急5050系車両――それこそが,元旦限定の臨時特急「みなと横浜 初日の出号」であった。
「みなと横浜 初日の出号」は,東武東上線・西武池袋線から,東京メトロ副都心線,東急東横線を経由し,横浜高速鉄道みなとみらい線の元町・中華街駅までを一本のレールで結ぶ,大晦日から元旦にかけての終夜運転限定の臨時直通列車である。
■ みなと横浜 初日の出号 停車駅(2014年1月現在)
森林公園3:52ー(各駅停車)ー和光市4:43ー(急行)ー渋谷5:13ー(急行)ー横浜5:46ー(急行)ー5:54元町・中華街
平成25年(2013年)3月の5社相互直通運転開始により,埼玉から横浜がシームレスに繋がった。その革新的な技術の恩恵を受け,乗り換えなしで「埼玉のベッドタウンから横浜の海へ,初日の出を見に行く」という贅沢な旅が可能となったのだ。
車内に入ると,眠い目をこすりながらも期待に胸を膨らませる乗客たちで,座席は適度に埋まっていた。列車は滑らかに走り出し,夜の武蔵野を,そして東京の地下を,夜の静寂を切り裂くように疾走していく。ガタゴトと規則正しく響くレールの音を子守唄代わりに聴きながら,私は丸い窓の外の闇を見つめ、これから出会う新しい年の光に思いを馳せていた。
漆黒の元町から,祈りが集う「大さん橋」へ
列車は東急線内を急行として駆け抜け,終着の「元町・中華街駅」へと滑り込んだ。時刻はまもなく午前6時を迎えようとしていた頃。改札を出ると,地上の空気は凍りつくように冷たかった。
まだ夜明け前のどこか薄暗い闇に包まれた横浜の街を,私は港の方角へと歩き始めた。目指すは,横浜港に突き出た日本屈指の絶景スポット,「横浜港大さん橋国際客船ターミナル」である。
大さん橋の歴史は古く,明治27年(1894年)に完成した「鉄桟橋」にまで遡る。
日本の海の玄関口として,数々の豪華客船を迎え入れてきたこの場所は,平成14年(2002年)に現在の斬新なデザインへと生まれ変わった。イギリスの建築家ユニットによって設計されたその構造は,「くじらのせなか」の愛称で親しまれ,木製のデッキと天然芝がうねるように広がる,柱のない巨大な人工の丘のようである。
■ みなと横浜 散策ミニ知識(2014年1月現在)
元町・中華街駅から大さん橋までは徒歩で約15分。元旦の大さん橋は初日の出の特等席として非常に人気が高く,入場規制がかかることもあるため,午前6時前後の早めの現地到着が望ましい。また,海上のウッドデッキは遮るものがなく強風が吹き付けるため,極厚の防寒対策が必須である。
午前6時半。大さん橋のデッキの上は,すでに無数の人々で埋め尽くされていた。誰もが白い息を吐きながら,遠くの東の空をじっと見つめている。
千葉側の房総半島の稜線が,かすかに紫色から朱色へと,ゆっくりとグラデーションを変え始めていた。凍える指先をポケットのカイロで温めながら,私は周囲の静かな熱気の中に身を置いた。まだか,まだかと,数千人の沈黙と祈りが,冷たい潮風のなかで一つに溶けていくのが分かった。
黄金の海と,朝焼けに目覚める近代建築の美
午前6時50分を過ぎた瞬間,水平線の彼方から,一筋の強烈な光の矢が放たれた。
「あ……」
誰からともなく,小さなどよめきが歓声へと変わっていく。2014年の初日の出が,ついにその姿を現したのだ。
黄金色の圧倒的な太陽の輪郭が,ゆっくりと,しかし力強く昇りゆく。そのまばゆい光は,波立つ横浜港の水面を一直線に黄金色に染め上げ,大さん橋に集まった人々の顔を,一瞬にして暖かなオレンジ色で満たしていった。新年の光が身体の芯を貫くような,小説のクライマックスにも似た厳粛な感動が,高校生の私の胸に激しく押し寄せた。スマートフォンの画面にその神聖な光を収めながら,私は新しい一年への決意を,心の中で静かに呟いていた。
日が昇り,街が完全に光に満たされると,私は大さん橋を後にし,海岸線に沿って「新港地区」へと歩みを進めた。
朝焼けの淡いオレンジ色の光の中に,重厚な赤煉瓦の壁が浮かび上がる。「横浜赤レンガ倉庫(旧横浜税関新港埠頭保税倉庫)」である。
明治政府の国策によって建てられた,日本の近代化の象徴。昼間の観光地としての賑わいが訪れる前の,元旦の早朝だけの静寂に包まれた赤レンガ倉庫は,どこか威厳に満ちており,明治の職人たちが積み上げた煉瓦の1枚1枚が,光を浴びて優しく息づいているかのように見えた。
さらに,汽車道(かつての臨港鉄道の廃線跡を整備した遊歩道)へと足を向ける。
前方にそびえ立つのは,日本の技術の粋を集めた「横浜ランドマークタワー」である。高さ296メートル。平成5年(1993年)の開業以来,横浜の絶対的な王座として君臨するこの超高層ビルが,昇ったばかりの朝日に照らされて,巨大な銀色の彫刻のようにきらめいていた。かつて貨物列車がガタゴトと駆け抜けたトラス橋の上から,未来都市のようなみなとみらいのビル群を見上げる。
旅の終わり。日常の鉄路への帰路
冷たい海風がリュックサックを揺らす。すっかり身体は冷え切っていたが,私の心はこれまでにない充実感で満たされていた。
みなとみらい駅の改札へと向かう道すがら,現代の日常の光が横浜の街に満ちていく。
東武東上線から始まり,5つの鉄道会社が一本のレールで繋いだ,元旦だけの特別な「みなと横浜 初日の出号」の旅。
通り過ぎれば,わずか数時間の往復の小旅行。しかし,暗闇を駆け抜けた先に出会った,あの黄金色の海と,朝焼けに染まる歴史建築の美しさは,高校生の私の日常を,何倍も豊かで素晴らしいものに変えてくれる最高のお守りとなった。私は,再び日常へと連れ戻してくれる帰りの電車のホームで,新年の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み,確かな足取りで一歩を踏み出したのである。
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