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取材:2014年3月
盛岡駅の分岐点。夜の闇に浮かび上がる,真紅の「ジャパン・レッド」
東北の夜の冷気は,春の足音をかき消すほどにまだ鋭く,張り詰めていた。
2014年3月。高校生の私は,岩手県の拠点駅,JR盛岡駅の東北新幹線ホームに立っていた。白い息を吐きながら,暗闇の奥から滑り込んでくる一条の光を見つめる。東京から「はやぶさ」と連結して走ってきたその列車は,ここ盛岡駅で宿命の切り離しを行い,それぞれの運命へと分かれていく。私が乗り込むのは,秋田新幹線の最新鋭車両「E6系」,列車名は「スーパーこまち17号」である。
秋田新幹線は,平成9年(1997年)に開業した,新幹線と在来線(田沢湖線・奥羽本線)の線路幅を合わせて直通運転を行う「ミニ新幹線」の先駆者である。
そして,2013年3月にデビューしたこのE6系「スーパーこまち」は,なまはげの面や秋田の伝統行事「竿燈(かんとう)」の提灯の灯りをイメージしたという,鮮烈な「茜色(ジャパン・レッド)」を頭上に戴く。最高時速320キロメートルという国内最速の韋駄天ぶりを発揮しながらも,盛岡からは在来線規格の小ぶりな車体で奥羽の険しい山へと挑む,新時代の主役であった。
午後6時半頃,東京からの緊密な絆を解かれたE6系は,盛岡駅を静かに発車した。
ゆっくりと渡り線を越え,東北新幹線の高架線から滑り下りるようにして田沢湖線の単線へと足を踏み入れる。車内の照明は温かみのある米の豊穣を思わせる色調でまとめられ,晴れ渡った夜空の向こうの闇と心地よいコントラストを描いていた。高校生の私は、窓ガラスに額を押し付け,これから始まる夜の峠越えの旅に胸の鼓動を早くしていた。
仙岩峠の闇を駆ける。時速130キロの静かな咆哮
雫石を過ぎると,スーパーこまち17号はいよいよ本格的な山岳区間,岩手と秋田を隔てる「仙岩(せんがん)峠」へと差し掛かる。
在来線と同じ線路を走るため,最高時速は130キロメートルに制限されるが,その走りは新幹線高架区間よりも遥かにダイナミックである。
■ 夜の秋田新幹線の情緒
ミニ新幹線最大の特徴は,窓の外の景色との距離の近さである。架線のない(在来線規格の)低い空,時折車体をかすめるようにして流れていく杉の原生林。夜の闇のなか,E6系が誇る強力な4基のVVVFインバータモーターが静かに咆哮を上げ,急勾配をものともせずにぐんぐんと加速していく。
トンネルに突入するたびに,細身の車体が一瞬「気圧」で震える。
窓の外を凝視すると,数日前に降った深い雪が,奥羽の山肌を白く覆っているのが見えた。月明かりに照らされた残雪が,漆黒の闇の中に妖しく浮かび上がっては,一瞬で後ろへと去っていく。田沢湖、角館と,歴史ある城下町の駅に滑り込むたびに,地元の乗客がポツリ,ポツリと降りていき,車内はさらに深い旅の静寂に満たされていった。
大曲駅では,日本の新幹線としては極めて異例の「スイッチバック(進行方向の逆転)」が行われる。
全ての乗客が進行方向と座席の向きが反対という,この路線ならではの独特の雰囲気。列車は奥羽本線へと入り,終着の秋田駅を目指して最後の直線区間を快走していった。
惜別の灯り。E3系こまちラストランまで「あと10日」の秋田駅
午後8時前,スーパーこまち17号は定刻通り,終点の「秋田駅」へと滑り込んだ。
ホームに降り立つと,そこには旅情をそそる寒風とともに,どこか感傷的で,熱い「惜別の空気」が濃密に漂っていた。
2014年3月現在,秋田新幹線は大きな歴史の転換点を迎えていた。開業以来,17年間にわたって秋田のシンボルとして走り続けてきた初代新幹線「E3系」が,わずか10日後の3月15日ダイヤ改正をもって,この秋田新幹線から完全に引退(ラストラン)することが決まっていたからである。これに伴い,「スーパーこまち」という愛称もすべて通常の「こまち」へと統一されることになっていた。
駅のコンコースへと続く階段を上ると,目に飛び込んできたのは,駅員や地元のファンたちの手によって作られた,巨大な手書きのメッセージボードとカウントダウンパネルであった。
「たくさんの思い出ありがとう E3系 こまち。ラストランまで あと10日」
ピンクの帯をまとったE3系の勇姿の写真とともに,そこには沿線住民や全国の鉄道ファンから寄せられた,無数の思い出メッセージがびっしりと書き込まれていた。
『東京の大学へ進学するとき,涙を堪えて乗ったのがE3系でした。ありがとう。』
『子供の小さな手を引いて,初めて見に来た新幹線。たくさんの夢を乗せて走ってくれて感謝しています。』
『なまはげの国に,いつも新しい風を運んでくれた白い貴婦人,お疲れ様。』
高校生の私は,その一つ一つの言葉をじっくりと読み耽った。
文字の端々から滲み出る,地域の人々がこの鉄路と列車に寄せてきた無限の愛着と誇り。時代の最先端をゆくE6系に乗ってきた興奮は,いつしか,一つの時代が静かに幕を閉じようとする寂しさと,それを温かく見送ろうとする人間の心の温もりへの感動へと変わっていた。
旅の終わり。新旧の血脈が交差する北東北の夜
私は,名残惜しそうにE3系の特設ギャラリーを離れ,秋田駅の西口広場へと出た。
盛岡駅の冷たいホームから始まり,仙岩峠の深い残雪の闇を駆け抜け。
大曲での変針を経て,E3系の引き際を盛大に称える秋田駅の灯りへと辿り着いた,この短い夜間飛行のような鉄路の旅。
通り過ぎれば,日常の隙間に挟まれたわずかな寄り道。しかし,新時代を切り開くE6系の圧倒的な推進力と,去りゆくE3系へ捧げられた17年分の感謝の情景は,高校生の私の拙い感性を心地よく揺さぶり,リュックサックの中に目に見えない確かな豊かさを満たしてくれた。
私は,今夜の走る宿を待つため,秋田の冷涼な夜の街並みへと歩みを進めた。駅舎の灯りを振り返りながら,私は今日体験したジャパン・レッドの座席の温もりと,惜別メッセージに込められた人々の熱い想いを,お守りのように胸の奥でそっと反芻し続けたのである。
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