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取材:2015年3月
愛媛県松山市には,歴史の重みと文学の薫りが,今なお街の至る所に息づいている。
司馬遼太郎が小説『坂の上の雲』で描いたように,上を向いて歩きたくなるような青空が広がるこの街は,訪れる者を優しく包み込む不思議な魅力に満ちている。
眩いばかりの快晴に恵まれた昼下がり。高校生である私は,午前中に引き続きポケットの「市内線1日乗車券」を携え,松山の主要スポットを網羅する王道の観光ルートへと出発した。陽が傾き,街が黄金色に染まり,やがて夜の帳が降りるまでのわずかな時間。五感を満たす松山の歩き方を,ここに書き記す。
午後1時30分:上一万から目指す,天空の城「松山城」の天守閣
東側の登城道から、静寂の森を歩く
旅の午後の部は,路面電車の上一万(かみいち万)駅から始まる。ここから松山城がそびえる勝山へと向かう。多くの観光客はロープウェイを利用するが,高校生らしく健脚を活かし,今回は公園の東側から徒歩で山を登るルートを選択した。
一歩一歩,石畳を踏みしめて坂道を上がっていく。周囲を包む木々は春の光を浴びて青々と輝き,小鳥のさえずりが耳に心地よい。少し汗がにじむ頃,突如として目の前に巨大な石垣が現れる。加藤嘉明が築いたこの城の石垣は,圧倒的な高さを誇り,登る者を威圧するかのようだ。
天守閣最上階から望む,360度の紺碧
重要文化財である連立式天守へと入り,狭く急な木製階段を一段ずつ踏みしめて最上階を目指す。
たどり着いた窓の向こうには,息をのむような絶景が広がっていた。
松山の街並みがミニチュアのように足元に広がり,その向こうにはきらきらと輝く瀬戸内海,そして遠く四国山地が連なる。快晴の空の下,遮るもののない360度の大パノラマを前にすると,まるで自分がこの街の統治者になったかのような,地よい錯覚と高揚感に包まれるのである。
城を後にし,歴史の舞台となった二の丸史跡庭園を経由しながら山を下る。壮大な大天守の余韻を残したまま麓へ降り立つと,重厚な愛媛県庁の裏手へと出た。
午後3時15分:庚申庵。俳人・栗田樗堂が愛した文人の庵へ
喧騒を離れた,隠れ家のような庭園
県庁前から再び市内電車に揺られ,少し北へと進路を取る。目指すは,松山の隠れた名所である庚申庵(こうしんあん)だ。
ここは江戸時代後期の俳人・栗田樗堂(くりたちょどう)が結んだ庵であり,小林一茶も訪れたと伝わる文学の聖地である。
路地を抜けた先にあるその場所は,市内の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
質素ながらも洗練された藁葺き屋根の庵と,手入れの行き届いた美しい庭園。3月の柔らかな陽光が,庭の木々や苔の上に柔らかな光と影のコントラストを描き出している。
縁側に腰掛け,静かに庭を眺めていると,時間が止まったかのような感覚にとらわれる。正岡子規や高浜虚子を生んだ松山という街の「文学的土壌」の原点が,この静寂の中に確かに息づいているのを感じさせた。
午後4時30分:松山市駅から大街道へ。活気あふれる繁華街散策
街の熱気を感じながら歩く銀天街と大街道
庚申庵の静寂で心を洗った後は,再び市電に乗り,松山の交通の要衝である松山市駅へと向かう。駅前に降り立つと,そこには近代的なビルと行き交う人々,そして四国最大の規模を誇る繁華街の熱気が待っていた。
ここからは,松山市駅から大街道(おおかいどう)へと続く広大なアーケード街を徒歩で散策する。
お洒落なカフェや衣料品店,地元ならではの土産物店が軒を連ねる中,高校生の視線を引きつけるのはやはりご当地グルメだ。
香ばしい匂いに誘われ,店先で売られている「じゃこ天」を買い求める。揚げたてを一口齧れば,瀬戸内の魚の旨味が口いっぱいに広がり,歩き疲れた身体に心地よい塩気が染み渡っていく。夕暮れ時の活気に満ちた大街道を歩く時間は,この街の現代の息吹をダイレクトに感じるひとときとなった。
午後6時00分:旅の終わりは道後温泉。歴史の湯に身を委ねて
暮れなずむ道後温泉本館と,至福の刻
大街道から再び市内電車に乗り込み,東の終点を目指す。車窓の景色が次第に夜の闇に包まれていく中,午後6時,ついに道後温泉へと到着した。
商店街の坂を上っていくと,ライトアップされた道後温泉本館が,壮麗な姿で旅人を迎えてくれた。明治27年に建てられた木造三階建ての城郭を思わせる建物は,周囲の近代的なホテルとは一線を画す,圧倒的な風格を放っている。
1日乗車券の旅を終え,本館の暖簾をくぐる。
湯船を満たすのは、源泉かけ流しの滑らかな湯だ。
「極楽、極楽――」
思わず息が漏れる。じっくりと湯に浸かると,松山城の階段を登った足の痛みも,街を歩き回った疲れも,すべてが湯の中に溶けて消えていくようであった。
湯上がり後,心地よい夜風に吹かれながら今夜の宿へと向かう。
快晴の空の下,歴史と文学,そして名湯を巡った今日一日は,私の青春の記憶に深く,そして鮮やかに刻まれたのである。
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