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取材:2014年7月
朝の静寂を切り裂いて:富山駅から始まる夏の旅
夏休みの朝は早い。午前5時を過ぎたばかりの富山駅は,まだ本格的な始動を前にした静けさに包まれていた。北陸新幹線の開業を翌年に控え,駅周辺はどこか慌ただしい工事の気配を漂わせているが,在来線ホームに漂う空気は昔ながらの旅情そのものである。
高校生の私は,青春18きっぷを片手に,5時半過ぎの北陸本線普通列車に乗り込んだ。目指すは高岡駅,そしてその先に待つローカル線「氷見線」である。
車窓を流れるのは,朝露に濡れた富山平野の水田だ。列車が立山連峰のシルエットを背にしながら,ガタゴトと音を立てて進むうち,わずか20分ほどで高岡駅に到着した。ここで氷見線へと乗り換える。
ホームで待っていたのは,朱色のキハ40形気動車――ではなく,富山県氷見市出身の漫画家・藤子不二雄Ⓐ氏の代表作『忍者ハットリくん』のキャラクターたちが鮮やかに描かれたラッピング列車であった。ローカル線らしい遊び心に笑みがこぼれる。ディーゼルエンジンの力強い重低音が足元から響き,5時49分,列車はゆっくりと高岡駅を離れた。
藍色の海に浮かぶ気高き影:車窓の女岩と終着駅の記憶
高岡の市街地を抜けると,列車は次第に緑豊かな景色から,潮の香りが漂う区間へと入っていく。伏木駅、能町駅と過ぎるごとに,車内には朝特有の清々しい光が満ちていく。
圧巻の瞬間は,まもなく雨晴駅に近づこうかと思う頃に突然訪れた。
【車窓のハイライト】
右手に遮るものなく広がる,富山湾の圧倒的な青。
快晴の空を映した海は,まるで鏡のように静まり返っている。
その水面に,ぽつりと佇む島がある。これこそが名勝・雨晴海岸の象徴である「女岩(おんないわ)」だ。朝の澄んだ光を浴びて,周囲に小さな岩を従えたその姿は,まるで海に浮かぶ一輪の芸術品のようであった。冬であればこの背後に冠雪した立山連峰がそびえ立つというが,夏のこの日,ただただ青く広がる海と空の中に佇む女岩もまた,息をのむほどに気高く,美しい。
列車は海岸線をなぞるように走り,6時18分,終点の氷見駅に滑り込んだ。
駅舎を出ると,まだ人の少ない静かな町が広がっていた。私はふと,ホームの先へと続く途切れた線路に目をやった。かつて,この線路をさらに北へと伸ばす計画があったという。叶わなかった未来の線路の延長線上に思いを馳せながら,潮風を胸いっぱいに吸い込む。折り返しの6時42分発・高岡行き列車に乗り込み,私は次の目的地へと向かった。
万葉の歴史が息づく海岸:雨晴駅での途中下車
10分ほど列車に揺られ,6時52分,私は雨晴(あまはらし)駅で下車した。木造の駅舎が,なんとも言えないノスタルジーを醸し出している。
駅から歩いてすぐの雨晴海岸へと足を運ぶ。誰もいない砂浜に立つと,波が足元を静かに濡らした。
この「雨晴」という地名には,源義経の伝説が残されている。兄・頼朝の追捕を逃れて奥州へ落ち延びる途中,義経一行がにわか雨に遭い,弁慶が持ち上げたという「義経岩」の陰で雨が晴れるのを待ったという地だ。
「馬立てて 宇奈比のまつ原 見わたせば 奈呉の横江に 波立ち渡る」
かつて越中国守としてこの地を訪れた大伴家持も,この美しい風景を万葉集に詠んだ。1300年以上の時を超え,かつての歌人や英雄が見たであろう青い海を,今の私が高校生の冷徹な視線と,旅人としての昂揚感の混ざり合った目で見つめている。歴史の連続性の中に自分がぽつんと置かれているような,不思議な感覚に囚われた。
線路際の一駅散歩:越中国分への道と,一瞬のシャッターチャンス
雨晴海岸の美しさに後ろ髪を引かれつつも,私は隣の越中国分(えっちゅうこくぶ)駅を目指し,線路沿いの道を歩き始めることにした。距離にして約2.5キロメートル。歩いても30分ほどの,心地よい一駅散歩である。
左手には常に富山湾が広がり,時折,朝の漁を終えたのだろうか,小さな船が波を切って進んでいくのが見える。太陽は随分と高くなり,夏の強い日差しがじりじりと肌を焼き始めたが,海から吹く風がそれを和らげてくれた。
7時半過ぎ,越中国分駅の近く,海岸線と線路が最も接近する撮影スポットに到着した。ここでカメラを構え,氷見行きの列車が通過するのを待つ。
遠くから,踏切の音とともに「ガタゴト」というジョイント音が近づいてきた。
カメラのファインダーを覗き込む。青い海、白い波しぶき、そしてそこを駆け抜けるキハ40系の車体。
「カシャ、カシャ、カシャ」
乾いたシャッター音が響く。夏の光を一身に浴びて走る列車の姿を,最高の形でデジタルデータに収めることができた。満足感に包まれながら,私は越中国分駅へと歩を進めた。
旅の終わり,そして次の旅へ
越中国分駅は,海沿いにひっそりと佇む無人駅であった。
ホームに立つと,すぐ目の前が海である。7時48分発の高岡行き列車が,定刻通りにやってきた。車内に乗り込むと,冷房の涼しさが心地よい。
わずか2時間半足らずの旅であったが,車窓から見た女岩の神々しさ,雨晴海岸で感じた万葉のロマン,そして自分の足で歩いて捉えた列車の走る姿は,私の心に深く刻まれた。
列車は再び,高岡に向けて走り出す。富山の豊かな自然と歴史を凝縮したような氷見線。このミニマムで贅沢なローカル線の旅は,きっとこれからの私の人生において,何度も思い出す大切な夏の記憶になるに違いない。
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