城跡

船旅

【松山観光モデルコース】1日乗車券で巡る名城・文学の庵・大街道・道後温泉名湯の旅

本ページはプロモーションが含まれています取材:2015年3月愛媛県松山市には,歴史の重みと文学の薫りが,今なお街の至る所に息づいている。司馬遼太郎が小説『坂の上の雲』で描いたように,上を向いて歩きたくなるような青空が広がるこの街は,訪れる者を優しく包み込む不思議な魅力に満ちている。眩いばかりの快晴に恵まれた昼下がり。高校生である私は,午前中に引き続きポケットの「市内線1日乗車券」を携え,松山の主要スポットを網羅する王道の観光ルートへと出発した。陽が傾き,街が黄金色に染まり,やがて夜の帳が降りるまでのわずかな時間。五感を満たす松山の歩き方を,ここに書き記す。午後1時30分:上一万から目指す,天空の城「松山城」の天守閣東側の登城道から、静寂の森を歩く旅の午後の部は,路面電車の上一万(かみいち万)駅から始まる。ここから松山城がそびえる勝山へと向かう。多くの観光客はロープウェイを利用するが,高校生らしく健脚を活かし,今回は公園の東側から徒歩で山を登るルートを選択した。一歩一歩,石畳を踏みしめて坂道を上がっていく。周囲を包む木々は春の光を浴びて青々と輝き,小鳥のさえずりが耳に心地よい。少し汗がに...[続く]
観光列車の旅

【桜降る近代の記憶】春の上野公園と東京下町ノスタルジー

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年4月始まりは小さな公園の面影から――池之端児童遊園春の陽気は,どこか人を遠くへ誘う力を持っている。2014年4月。進級したばかりの少し落ち着かない心を抱え,私は一人,千代田線に揺られて根津駅に降り立った。今回の旅の目的は,かつて教科書で見た東京の歴史の断片を,この目で確かめることである。駅から少し歩いたところに,「池之端児童遊園」という小さな公園がある。一見すると,どこにでもある近隣の遊び場だ。しかし,ここにはかつて都電(都電15系統)が走っていた記憶が,静かに保存されている。歴史の記憶を留める場所園内には,かつて東京の街を縦横無尽に駆け巡った都電「7500形」の車両が,そのままの姿で静態保存されている。緑色の車体に引かれた黄色い帯。かつて多くの庶民を乗せて走ったであろうその車両は,今ではすっかり子どもたちの遊具となり,静かに余生を過ごしていた。窓から差し込む春の光が,埃の舞う車内を優しく照らしている。昭和の賑わいが今もどこからか聞こえてきそうな,不思議な静寂がそこにはあった。喧騒と爛漫の桜、そして維新の傑物――上野恩賜公園池之端...[続く]
城跡

【日本三景の今を歩く】復興への鉄路と千年の祈り。松島から瑞巌寺五大堂に至る春の記憶

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年3月鉄路の尽点,高城町駅。東日本大震災の傷痕を見つめて春の柔らかな光が,仙石線の車窓を白く染めていた。2014年3月。東日本大震災から3年という月日が流れた春休み,私はJR仙石線の各駅停車に揺られていた。高校生の私は,日本三景の一つとして名高い「松島」を目指していた。しかし,私は観光の拠点である松島海岸駅をあえて通り過ぎ,まずはその先にある「高城町(たかぎまち)駅」へと向かった。そこには,2014年現在だからこそ,この目で見ておかなければならない「現実」があったからである。高城町駅に降り立つと,午前中の抜けるような青空とは対照的に,どこか張り詰めた静寂が駅構内を支配していた。ホームの端へと歩みを進め,石巻方面へと続く線路を見下ろす。そこには,錆び付いたまま行く手を阻まれた,不自然に途切れた鉄路が横たわっていた。仙石線は,大正時代に宮城電気鉄道として開業した,仙台と石巻を結ぶ重要な幹線である。しかし,2011年の大震災による津波で沿線は壊滅的な被害を受け,いま私が立っている高城町駅から陸前小野駅の間は,3年が経過した今もなお不通のま...[続く]
城跡

【生駒山の記憶】ケーブルカーが結ぶ聖地と遊園地。宝山寺の静寂と大阪平野の大パノラマ

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年1月鉄路は神仏の山を登り,天空の園地へ。冬の生駒山で出会う歴史の陰影と息を呑む眺望冬の山嶺に流れる空気は,どこまでも冷徹で,それゆえに美しい。2014年1月。関西の冬独特の,時折薄日が差し込む穏やかな朝,私は近鉄奈良線の生駒駅に降り立った。大阪と奈良を隔てる生駒山地は,古来より信仰の山として,また近代においては都市の喧騒から逃れる行楽の地として愛されてきた。冬休みの旅を満喫している高校生の私は,大正のモダニズムと江戸の祈りが交錯する不思議な鉄路へと足を進めた。目的地は,生駒山の頂に佇む,日本最古の現役営業を続ける遊園地である。生駒駅から少し歩き,鳥居前(とりいまえ)駅へと向かう。ここから始まる近鉄生駒ケーブル(生駒鋼索線)は,大正7年(1918年)に日本最初の商業用ケーブルカーとして開業した歴史を持つ。発車を待つ車両は,犬や猫を模した愛らしいデザイン(2000年に導入された「ブル」と「ミケ」)であり,どこかノスタルジックな遊園地のプロローグを奏でている。しかし,ガタゴトと車体を震わせて走り出した列車が登る線路は,単なる娯楽の道では...[続く]
タワー・展望台

【夜の神戸】湯気まう南京町から,光きらめくメリケンパークへ。「光と影」の港町紀行

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年1月湯気の向こうの異国,そして潮風香る近未来へ。冬の夜,神戸の二つの顔を巡る冬の夜の闇は,街の輪郭をいっそう鮮やかに描き出す。2014年1月。厳しい寒気が身を包む中,私は地下鉄の旧居留地・大丸前駅に降り立った。冬休みの旅を満充している高校生の私は,昼間の喧騒が嘘のように落ち着きを取り戻しつつある「元町商店街」へと一歩を踏み出した。頭上を覆うアーチ型のアーケードには,老舗の洋菓子店や書店の灯りが静かに灯り,どこかハイカラで上品な神戸の日常の薫りを漂わせている。しかし,その落ち着いた佇まいを一本南へ折れた瞬間,目の前の景色は一変し,強烈な色彩と熱気が私の視界へと飛び込んできた。そこは,日本三大中華街の一つに数えられる「南京町(神戸中華街)」である。南京町の歴史は,慶応3年(1868年)の神戸開港にまで遡る。当時,清国(中国)は日本と通商条約を結んでいなかったため,外国人居留地(現在の旧居留地)への居住が許されなかった。そのため,西隣のこの地に中国人たちが住み着き,露店や商店を開いたことが中華街の始まりである。東西約270メートル,南北...[続く]
城跡

【未来の跡地】万博記念公園で出会う「太陽の塔」の衝撃。灰色に仰いだ1970年の熱狂と静寂

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年1月過去と未来が交錯する丘。薄曇りの空にそびえる,異形のモニュメント冬の象牙色の空が,千里の丘陵を低く覆っていた。2014年1月。張り詰めた寒気の中,私は大阪モノレール線の万博記念公園駅に降り立った。高架のホームからは,近代的なコンクリートの軌道が幾重にも交差し,未来都市の血管のように遠くへと伸びているのが見える。冬休み,通学カバンをリュックサックに持ち替えて旅を続ける高校生の私は,ある「巨像」と対峙するためにこの地を訪れた。改札を出てスロープを歩むにつれ,冷たい風が頬をなで,遠くに白く巨大なシルエットが次第にその姿を現し始めた。万博記念公園は,昭和45年(1970年)に開催された「日本万国博覧会(大阪万博)」の跡地を整備した,総面積約260ヘクタールに及ぶ広大な文化公園である。大阪万博は「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ,世界77カ国が参加,約6421万人という当時の史上最多動員記録を打ち立てた伝説の国家プロジェクトであった。高度経済成長期の日本が誇る技術力と熱狂がこの千里丘陵に集結し,動く歩道や携帯電話の原型など,当時の人々に...[続く]
城跡

【函館 五稜郭公園・五稜郭タワー】函館市電で行く幕末の城郭!展望台・箱館奉行所・見どころ解説

訪問:2013年7月大地に刻まれた星の記憶:五稜郭公園と五稜郭タワーが放つ幕末のロマン北海道・函館の地に,美しくも壮大な五芒星を描く西洋式城郭がある。「五稜郭公園」である。幕末の1864年(元治元年),徳川幕府が開港場となった箱館の防備と蝦夷地統治の拠点として築城したこの稜堡(りょうほ)式要塞は,やがて戊辰戦争最後の戦いである「箱館戦争」の舞台となり,新選組副長・土方歳三をはじめとする志士たちの悲壮な決断を見届けた歴史の聖地でもある。この美しい星型の全貌を上空から見下ろすことができるのが,隣接する「五稜郭タワー」である。函館の街を走るレトロな「函館市電」に揺られて訪れると,タワー展望台から望む星型の城郭と四季折々の自然,そして復元された「箱館奉行所」の木造建築が,一瞬にして訪れる者を150年前のドラマへと誘ってくれる。本記事では,五稜郭の歴史的見どころ,展望タワーの撮影ポイント,混雑回避の攻略法,所要時間,そして函館市電を利用したアクセスまでを余すことなく解説する。この記事でわかること「五稜郭タワー」と「箱館奉行所」の入館料・営業時間・アクセス(2013年訪問当時)函館市電(路面電車)...[続く]
城跡

9.中国国際航空で東京へ

長かった旅も今日が最終日、あとは日本へ帰国するだけとなりました。Little India Station→Changi Airport Station日も完全に昇りきらない時間ですが、空港に向けMRTに乗車します。チャンギ・エアポート駅に到着です。空港敷地内の駅でもあり、多くの荷物を持った人々を裁くため広いホームが到着です。Singapore Changi Airport→北京首都国际机场 (SIN→PEK)ここシンガポールのチャンギ国際空港はアジアでも有数のハブ空港であるとともに、サービス水準・満足度も世界で最高水準を誇る空港です。ここから搭乗するのは往路と同じく中国国際航空です。機体の塗装は東海道新幹線を思わせます。約6時間のフライトで北京に到着です。北京首都国际机场→東京国際空港 (PEK→HND)今回の旅の最後のルート、北京から東京までの飛行機です。こうして見ると飛行距離も関係あるのか、機材の大きさも違うものだなあ、と実感します。夜になり羽田空港に到着、今回の旅もここで終了です。
城跡

8.マリーナベイ・サンズとマーライオン 定番の観光地巡り

Harbourfront Station→Bayfront Stationセントーサ島から再びシンガポール島に戻り、今日はここから残りはシンガポールのランドマーク的建物である、マリーナベイ・サンズ周辺の観光をします。マリーナベイ・サンズの最寄り駅である、Bayfrontに到着しました。そのままマリーナベイ・サンズを真下から見上げてもいいのですが、せっかくなので少し離れた場所から全景を見ることにします。Youth Olympic Parkやって来たのは、マリーナベイ・サンズからヘリックスブリッジを渡った対岸にある、ユースオリンピック公園です。これまで史上、シンガポールでオリンピック・パラリンピックが開催されたことはないのですが、ここは2010年に開催されたユースオリンピック大会を記念した公園です。ユースオリンピック公園からヘリックスブリッジとマリーナベイ・サンズを眺めます。ヘリックスブリッジはDNAの二重らせん構造に着想を得た、特徴的なデザインです。昨日は夜景を眺めたここウォーターフロントエリアから、高層ビル群の昼間の景色を眺めます。ライトアップされた夜景も素晴らしいものでしたが、昼間の...[続く]
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7.シンガポール一のリゾート地 セントーサ島へ

Little India Station→Harbourfront Station今日も朝からMRTに乗車、シンガポール一のリゾート地へと向かいます。シンガポールのMRTは最前部に運転席がないため、このような前面展望の写真も撮影できます。セントーサ島への最寄りのMRT駅、Harbourfrontに到着です。ここからモノレールに乗り換え、セントーサ島入りを果たします。VivoCity Station→Beach StationMRTとモノレールの乗り換え駅はそれぞれHarbourfront/VivoCityと呼ばれていますが、そのうちVivoCityではセントーサ島に行く人々の利便性を考慮し、便宜的にsentosa stationとして案内されています。これは私のような始めてシンガポールを訪れる外国人観光客にとっても、わかりやすく親切でしょう。シンガポール島とセントーサ島との間にある、こちらブラニ島です。こちらは島の大半が貨物コンテナターミナルとして使用されており、シンガポールの日常風景の一部を覗くことができました。セントーサ島の入口にはこのように観光客を歓迎する門が出迎えてくれます。終...[続く]
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6.MRTで廻るシンガポール周遊記

シンガポールの安宿で夜を明かし、今度は早速シンガポール観光の始まりです。Little India Station→Chinatown Stationシンガポール国内での主な交通手段はMRTといえるでしょう。朝の通勤時間帯に近いこともあり、車内と駅は激しく混雑しています。そして何よりまず驚いたのは、駅のエスカレーターが速いことです。ChinatownMRTの駅から地上に上がると、すぐこのように中華風情の漂うモニュメントが現れました。多民族国家であるシンガポールでは、少し離れるとまったく違う国のような風景が広がり、散策して飽きないことでしょう。Sri Mariamman Temple早速中華文化圏に隣接して、ヒンドゥー教の寺院がありました。KLでヒンドゥー教の聖地には訪れていましたので、ここでは前を通り過ぎるのみとしました。そのままMaxwell方面に歩くこと数分、シンガポールでまず訪れたかった場所がこちらSingapore City Galleryそれがこちら、シンガポール・シティ・ギャラリーです。シンガポール発展の歴史や現在の都市計画について、なんと無料で楽しむことのできる施設です。こ...[続く]
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5.KLから国際列車でシンガポールへ

この旅のタイトルでもあるマレー半島縦断を掲げながら、KL近郊で過ごすこと3日が過ぎました。いつまで経っても縦断を始めませんでしたが、今日はいよいよ縦断の日です。今日の目的地はマレーシアの隣国のシンガポール、お昼にKLを国際列車で出発、途中複数回列車を乗り換えながらシンガポール国境のJB(ジョホール・バール)へ、陸路で国境を超え今日の宿のあるシンガポール中心部まで、およそ350kmの大移動です。距離だけ見ると東京~名古屋と大きく変わりませんが、KL~シンガポールは新幹線のような高速鉄道で結ばれておらず、かつ国境をまたぐため、緊張感があります。Stesen Taman Tun Dr Ismail (TTDI)→Stesen Pasar Seni3日間の夜を過ごしたTTDI、そして部分開通のMRT線ともこれでお別れです。次回来るときはきっと全線開通していることでしょう。Central MarketPasar Seni駅で下車してすぐ、KLの伝統的市場のセントラル・マーケットに到着です。ここでマレーシアならではの織物やお菓子を見物します。東南アジアならではの客引きには要注意です。ここは昨日も外...[続く]
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4.KLの伝統とランドマーク建築物を巡る

KTMB Keretapi Tanah Melayu BerhadKL駅から出て目の前、どこかアジアのようでありながらヨーロッパのような建築様式の建物はマレー鉄道本社ビルです。かつてはここからシンガポールまで至る鉄道をすべて一括管理していたのですね。Masjid NegaraKL駅から歩くこと数分、前回もマレーシアを観光した際に訪れたこのモスク、今回もしっかりと見物します。内部は撮影禁止となっています。私もイスラム文化への敬意を払い、カメラは鞄の中にしまっておくこととします。Muzium Tekstil Negara / Bangunan Sultan Abdul Samad手前(右側)の建物は国立繊維博物館です。マレー半島の伝統的衣装や織物の展示がなされており、なんと無料で見物することが可能です。そして奥(左側)の建物は旧英国植民地時代の連邦事務局です。Dataran Merdekaそんな伝統的建造物が並ぶ通りの向かいには、ムルデカ広場と呼ばれる、いわゆる独立記念公園があります。マレーシアが英国植民地から独立した8月31日には、マレーシア国旗が初めて掲げられた場所だとか。St Mar...[続く]
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3.ヒンドゥー教の聖地 Batu Caves へ

Stesen Taman Tun Dr Ismail (TTDI)→Stesen Batu CavesTTDIの安宿で朝を迎え、雨が降る中旅を続けます。まずはTTDIから部分開業のMRTに乗車、未開業のKL中心部とは逆方向に進みSungai Bulohへ、そこからKTMコミューター(いわゆるマレー鉄道の近郊電車)に乗車します。朝の下り、さらに都心とは逆方向のため車内はガラガラでした。Sungai Bulohに到着です。Sungai Bulohは昨年開業したばかりの新駅ということもあり、コンコースも非常に綺麗です。利用率は…写真を見ての通り。今後路線が延長すれば利用者も増えることを期待したいです。ここからはKTMコミューターに乗車します。車内はこのように、日本の通勤電車とは雰囲気が大きく異なります。いかにも海外の電車、といった光景です。列車はゆっくりと進み、KL中心部にほど近いPutraに到着、ここからまた列車を乗り換え下り方面に乗車、乗り換えた終点が今日最初の目的地、Batu Cavesです。終点のBatu Cavesに到着です。終着駅でもあるため人はまばら、駅構内も広々としています。...[続く]
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2.Rapid KLを利用してKL市内観光 KLCC

Stesen KLIA2→Stesen Sentral Kuala Lumpur空港敷地内の宿で一夜を明かし、翌朝はクアラルンプール国際空港とKL市内のターミナル駅KLセントラル駅を結ぶ空港アクセス鉄道、ERL(KLIA Ekspres)に乗車します。この鉄道は時速160km/hと京成スカイライナーと同じ最高速度、KL市内と空港をわずか約30分で結びます。車窓からは東南アジアらしい風景が広がります。しばらく走行、KL市内に入り終点のKLセントラル駅が近づくと、日本でもおなじみのショッピングモールイオンも現れます。日本のイオンのある風景との大きな違いは、ショッピングモールの背後に高層建築物が立ち並ぶ点でしょうか。終点KLセントラル駅に到着です。KLセントラルの駅構内を歩いて移動、KTM改札前までやってきました。ここは非常に多くの人々が行き交う、その名前の通りのKLの一大ターミナル駅です。Stesen KL Sentral→Stesen KLCCそれでは、続いて市内観光に出かけましょう。まず乗車するのはKL市内を縦横無尽に走るLRT、rapidKLです。中でも今回利用するのはクラナ・ジャヤ...[続く]
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1.日本から北京を経由してマレーシアへ

2016年は大学に入学、まだ慣れない大学生活を楽しみ、旅行もまずは国内が中心に動いていました。そして今度はいよいよまた国外に行こうと思い立ち、気がつけば安い航空券を探していました。ちょうど1年前の台湾以来の海外旅行の始まりです。東京国際空港→北京首都国际机场 (HND→PEK)飛行機で旅を始めるには、成田空港を利用することの多い私ですが、今日は珍しく羽田空港から出発する便を利用します。国内便の発着が多い羽田空港ですが、今回は国際線ターミナルから出発します。今回利用するのは日系の航空会社のマレーシア直行便ではなく、中国国際航空で一度北京へ、北京で便を乗り継ぎクアラルンプールへ向かいます。海外のキャリアを利用するのは今回が初です。やはり海外の会社であるだけあり、乗務員も日本人ではなく、また離陸前に流れる安全VTRが中国語メイン、また乗客がパンダである点が新鮮でした。そう時間もかからないうちに北京に到着です。これもまた初中国ではありますが、今回はトランジットのため入国はせず、制限エリア内で次のクアラルンプール行きを待ちます。北京首都国际机场→Lapangan Terbang Antaraba...[続く]