0_宮城県

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【漆黒と黄金の桃山建築】伊達政宗公の遺志を継ぐ国宝へ。「るーぷる仙台」で巡る大崎八幡宮から広瀬通への杜の都・街歩き紀行

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年3月杜の都の目覚め。早春の光に誘われ,路線バスで国宝の境内へ春を告げる淡い陽光が,近代的なコンコースのガラス壁を優しく包み込んでいた。2014年3月。冷たくもどこか柔らかな風が通り抜ける午前,私はJR仙台駅の西口バスプールに立っていた。私は杜の都・仙台の歴史と現代が交差する街の風景を切り取るため,1台の路線バスに乗り込んだ。目指すは,奥州の覇者・伊達政宗公がその威信を懸けて建立したと伝わる,国宝「大崎八幡宮」である。仙台駅から北西へ,バスは活気ある市街地を抜け,古くからの佇まいを残す八幡町へと進んでいく。車窓の外には,まだ冬の名残を感じさせる欅の枝々が青空に向かって伸びており,日陰の路傍にはわずかに解け残った雪が白くきらめいていた。約20分後,バスが速度を落とすと,目の前に厳かな大鳥居が現れた。大崎八幡宮は,慶長12(1607)年,伊達政宗公によって創建された仙台総鎮守である。名匠・梅村日向守家次らの手によって建てられた本殿・石の間・拝殿が一体となった「権現造(ごんげんづくり)」の遺構は,2014年現在において,当時の絢爛豪華な「...[続く]
0_公園

【日本三景の今を歩く】復興への鉄路と千年の祈り。松島から瑞巌寺五大堂に至る春の記憶

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年3月鉄路の尽点,高城町駅。東日本大震災の傷痕を見つめて春の柔らかな光が,仙石線の車窓を白く染めていた。2014年3月。東日本大震災から3年という月日が流れた春休み,私はJR仙石線の各駅停車に揺られていた。高校生の私は,日本三景の一つとして名高い「松島」を目指していた。しかし,私は観光の拠点である松島海岸駅をあえて通り過ぎ,まずはその先にある「高城町(たかぎまち)駅」へと向かった。そこには,2014年現在だからこそ,この目で見ておかなければならない「現実」があったからである。高城町駅に降り立つと,午前中の抜けるような青空とは対照的に,どこか張り詰めた静寂が駅構内を支配していた。ホームの端へと歩みを進め,石巻方面へと続く線路を見下ろす。そこには,錆び付いたまま行く手を阻まれた,不自然に途切れた鉄路が横たわっていた。仙石線は,大正時代に宮城電気鉄道として開業した,仙台と石巻を結ぶ重要な幹線である。しかし,2011年の大震災による津波で沿線は壊滅的な被害を受け,いま私が立っている高城町駅から陸前小野駅の間は,3年が経過した今もなお不通のま...[続く]
船旅

【杜の都を望む孤高の城跡】曇天の空と白雪の調和。「青葉城(仙台城跡)」の静寂と,夕暮れに佇む伊達政宗公騎馬像の記憶

本ページはプロモーションが含まれています取材:2014年3月曇天の杜の都。竜の住処へ向かう,早春のバスに揺られて冬の名残が,東北の空を重く,低く垂れ込めさせている。2014年3月。高校生の私は,JR仙台駅の西口バスプールに立っていた。冷たい風に身を縮めながら,お目当ての路線バスを待つ。目指すは,かつて奥州の覇者・伊達政宗公が築いた天下の名城「仙台城(青葉城)跡」である。やがて滑り込んできた「動物公園循環」のバスに乗り込むと,暖房の効いた車内は静かな熱気に満ちていた。仙台城は,慶長5年(1600年)に関ヶ原の戦いを経た伊達政宗公によって築城が開始された,伊達家代々の居城である。東側を広瀬川の断崖,南側を竜ノ口渓谷という天然の要害に囲まれた「青葉山」の地形を巧みに利用した山城であり,徳川家康への恭順の意を示すためにあえて天守閣を設けなかったという,政宗公の高度な政治的策略が隠された名城でもある。バスは広瀬川に架かる大橋を渡り,急峻な青葉山の坂道をエンジン音を響かせながらぐんぐんと上っていく。車窓の外には,街中の喧騒が嘘のように静まり返った,深い杉の森が広がっていた。路傍の斜面や日陰には,数...[続く]