船旅

【日本海夜行便】新日本海フェリーで新潟から秋田へ!夜行フェリーで行く夏の東北・鈍行旅

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月はじめに:夜の海に惹かれて高校生の夏休みは,いつも少しだけ無謀で,それでいてひどく退屈なものである。手元にあるのは,いつもは部活の道具を入れているリュックサックと,いくばくかの小遣いだけだ。普通列車を乗り継ぐだけの旅も悪くはないが,どこか冒険の味が足りない。そう考えていたとき,地図の上の日本海を縦断する一条の航路が目に留まった。新日本海フェリー。福井県の敦賀から新潟・秋田、そして北海道の苫小牧へと至る大型客船である。その途中わずか一区間,新潟から秋田までの夜行航路。それこそが,今回の旅にふさわしかった。私は未知の船旅へと歩みを進めた。夕闇の新潟駅から港へ、そして乗船旅の始まりはJR新潟駅である。北陸新幹線開通前夜の脇野田駅を訪れ,485系「快速くびき野」に乗車し新潟駅に到着した。万代口のバスターミナルへと向かう。独特のスイッチバック式バス乗り場から,新潟交通(バス)に乗り込む。目指すは「新潟フェリーターミナル」である。運賃は200円、およそ15分ほどの短いバス旅だ。フェリーターミナル最寄りのバス停で降りると,暗闇の中目の前にそ...[続く]
駅巡り

【駅旅】消えゆく地上駅・脇野田。北陸新幹線開業前夜,変わりゆく信越本線の記憶を歩く

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月2015年春の足音と、消えゆく「日常」2013年 7月。夏の瑞々しい青葉が,どこか湿気を含んだ風に揺れている。いま,鉄道ファンの熱い視線が注がれている場所がある。2015年春に開業を控えた北陸新幹線(長野〜金沢間)の沿線だ。新しい時代の幕開けは,同時に,古き良き景色の終焉を意味する。新幹線がもたらす「速さ」と引き換えに,私たちは何を失ってしまうのだろう。そんな感傷に背中を押され,私は列車に乗り込んだ。目指すは,信越本線の小さな木造駅舎――「脇野田(わきのだ)駅」。新幹線「上越妙高駅」の建設に伴い,ルートごと移設され,その姿を消すことが決まっている駅だ。直江津から普通列車に揺られ,最後は今や貴重となった国鉄型特急車両で走る「快速くびき野」で新潟へ。変わりゆく新潟の鉄路の「今」を焼き付ける,短い旅の記録をお届けする。直江津駅から始まる旅。交差する過去と未来旅の始まりは,かつて日本海側の交通の要衝として栄えた直江津(なおえつ)駅。信越本線と北陸本線が交わるこの巨大なターミナル駅も,新幹線が開業すれば,並行在来線としてJRから第三セク...[続く]
列車の旅

【鈍行の奇跡】超特急が駆ける鉄路を,あえて普通列車でゆく。ほくほく線で出会った里山とアートの記憶

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月韋駄天たちの高架線を,揺られながらゆく。小雨の魚沼盆地に響く,1両編成の鼓動夏の雨は,すべてを濃い緑へと変えていく。2013年7月。小雨がアスファルトを静かに濡らす昼下がり,私はJR上越線の新幹線停車駅,越後湯沢駅を訪れていた。夏休みの旅に出た高校生の私は,ある「特別なローカル線」へ乗車するためにこの地を訪れた。目指すは,北越急行ほくほく線。首都圏と北陸地方を最短距離で結ぶため,平成9年(1997年)に開業した高規格地方鉄道である。当時のほくほく線といえば,JR西日本の特急「はくたか」が最高時速160キロメートルという,在来線国内最高速度で駆け抜ける大動脈としてその名を轟かせていた。新幹線並みの高架線と一直線のトンネル群。そんな韋駄天たちが主役の鉄路を,あえて2両や1両編成の「普通列車」でのんびりと旅する。それこそが,効率と速さを求める現代において,贅沢で少しばかりへそ曲がりな,高校生の私なりの冒険であった。乗車した115系の普通列車は,越後湯沢駅を滑らかに発車した。上越線の線路をしばらく進み,やがて列車は,ほくほく線の実質的...[続く]
駅巡り

【日本一のモグラ駅 土合駅】静寂と異世界情緒をめぐる旅

本ページはプロモーションが含まれています取材:2013年7月「本当に、この下に駅があるの?」高校1年生の夏休み。とある友人に旅に出ようと勧められるがままに,群馬県の水上駅から下り列車に乗り込んだ私たちを待っていたのは,想像を絶する「日常の終わり」だった。今回は北海道&東日本パスを利用,「日本一のモグラ駅」として名高いJR上越線・土合(どあい)駅の訪問記をお届けする。ネットの噂や写真だけでは決して伝わらない,あの地下深くの静寂と,這い上がる者だけが味わえる達成感。16歳の夏の記憶を,そのままここに書き残したい。旅の始まり:水上発,深い緑の奥へ2013年7月。梅雨が明けたばかりにもかかわらず,どこか晴れない関東地方は、うだるような暑さに包まれていた。高崎駅から115系電車に揺られて1時間,乗換駅である水上駅に到着する。ここから先,新潟方面へと向かう普通列車は,1日にわずか5往復(※定期列車)しか存在しない。まさに秘境の入り口だ。水上駅のホームに滑り込んできた3両編成の115系。モーターの重々しい唸り声を上げながら,列車は利根川の上流に沿って山を登っていく。車窓を流れる湯桧曽(ゆびそ)の山々...[続く]
長野温泉紀行 2018冬

長野温泉紀行

前回は2週間以上にもわたるベトナム旅を終え、すっかりお金も体力もなくしてしまった。そのため今度は近場の長野県へ旅しよう! ということで自動車を走らせ、長野県に参りました。気ままな日帰り旅です。上田駅→別所温泉駅まずやって来たのは上田駅、ここから上田電鉄別所線に乗車します。わずか30分の乗車時間で終点別所温泉駅に到着です。それでは、別所の湯を楽しむことにしましょう。別所温泉こちらは別所温泉郷の奥側に位置する、北向観音堂への参道です。閑散期ということもあり人はまばらですが、所狭しと建ち並ぶ土産店が温泉地の雰囲気をより盛り上げています。今回別所温泉はただの温泉に入るのではなく、足湯を選択しました。理由は今後の予定を考えると、あまり時間を割くのは得策ではないと考えたためです。さらにここの足湯は無料であり、嬉しいことこの上ありません。別所の湯をかけ、願掛けをする地蔵もありました。別所温泉駅→上田駅再び歩いて別所温泉駅に戻ってきました。ここから再び列車に乗り、上田駅に戻ります。上田城跡昨年の大河ドラマの舞台となった真田一族のお膝元であり象徴である上田城です。しかしながら天守は現存せず、現在は城跡は...[続く]
洋館

8.7時間遅れのホーチミン市観光は午後から

ダナン駅を6時間遅れで出発の列車に乗車、この夜は列車内で一晩を明かしました。所定は5時20分着の予定でしたが、果たして、終点であり下車駅のサイゴンには実際に到着できるのは何時になるのでしょうか。Ga Sài Gòn列車は定刻から7時間遅れの昼12時、サイゴン駅に到着しました。長旅の疲れからか、列車から下車する乗客は皆逃げ出すかのようにはき出されてきました。ここサイゴン駅の先には、機回し用に線路が伸びています。この線路の先はホーチミン市中心部です。ハノイ駅やダナン駅では列車の端から写真を撮影することはできませんでしたが、ここサイゴン駅では撮影ができました。サイゴン駅を出ると、目の前にはダナン駅と同じように蒸気機関車が展示されていました。それでは、予定より大幅に遅れてのスタートにはなりましたが、ホーチミン市の散策に出かけましょう。Bảo tàng Chứng tích Chiến tranh最初に訪れたのはこちら、ベトナム戦争証跡博物館です。屋外には、ベトナム戦争当時に使用された兵器の数々が展示されています。こちらは米軍の飛行機です。入場料を支払い、肝心の展示を見学します。館内であえて写真...[続く]
洋館

7.ダナン駅での葛藤

時は過ぎ9月3日、ホイアンでの生活を終えいよいよ帰国の日が近づいてきました。ベトナム自体の出国は翌日ですが、帰りの飛行便がタンソンニャット発のため、ホイアンからホーチミン市まで移動する必要があります。そのため今日はホーチミン市まで向かう予定でありますが、ルートはハノイからホイアンへ来た時と同様、ベトナム縦断の後半戦であるダナンからホーチミン市(サイゴン)へ列車の旅となります。まずはホイアンからダナンへ自動車で移動(なんと帰りは送迎がありました!)、ダナン駅で列車を待ちます。Ga Đà Nẵngホイアンからダナン駅に到着したのは昼12時。乗車する列車はハノイ→ダナンで乗車したSE3列車で13時15分発です。余裕をもった到着で、待ち時間としても適切ですね!列車の到着まで駅舎内でネットでも見ながら待っていればすぐだろう~などという甘い考えをしながら、なんとなくふと駅舎の改札前で、列車の到着時刻を確認しようとしました。すると目に飛び込んできた文字は、トラブルは突然に「列 車 大 幅 遅 延」(※意訳)??(゚Д゚;)駅舎にいた駅員さんに旅行会社で手配したきっぷを見せ、乗る予定の列車は何時に到着...[続く]
洋館

6.昼間のホイアン観光

ホイアンに到着したのは、日も暮れた夜でした。せっかくなら昼間の明るい時間帯にも、観光しておきたい!ということで、早速宿から自転車を借りて出かけましょう。Hội Anトゥボン川に架かる橋です。夜はライトアップされておりましたが、昼間もランタンが飾られていてとても風情があります。川面と橋との間にまったく余裕があるように見えないのですが?トゥボン川沿いはこのように整備され、地元の人と観光客が多数行き交います。並べられた絵画は誰かの作品でしょうか?とても写実的で綺麗です。ここでひとつ驚いたのが、写真中心部にある、鳥居です。日本においては珍しいことではありませんが、外国にある鳥居は非常に貴重な存在です。一方で神社と思われるような境内までは残ってはいませんので、ここホイアンはかつて日本人が多く居住していたことから、その名残だと思われます。Chùa Cầuそのかつて日本人街の名残であった主たる場所が、ここ日本橋です。観光地らしく橋を渡ること自体に料金がかかります。料金を払い、渡ってみましょう。先ほど外観を撮影した場所を橋の内部から眺めます。日本橋は正式名称を来遠橋と呼びます。ランタンに書かれている日...[続く]
洋館

5.ベトナム中部の都市 ダナン・ホイアン観光

Ga Đà Nẵngダナン駅の外に出てきました。駅を出てすぐの正面に飾られているSLは、フランス統治時代に使用されていた機関車です。駅をすぐ出た通りには、このように大量の原付が走っています。ハノイでは自動車の割合もそこそこ多いように思えましたが、ここダナンに来るとその数には圧倒されます。一方、このように路地に入るといかにもベトナムというイメージの風景が目に入りました。Cầu Sông Hàn駅から少し歩くと、ダナンの街中を流れるハン川沿いまでやって来ました。川沿いはこのように遊歩道が整備され、誰でも立ち入ることが可能です。観光客よりも地元の方が多いように思えました。Giáo Xứ Chính Toà Đà Nẵng続いてやって来たのは、ピンクの外観が特徴的な教会、ダナン大聖堂です。ハノイ大教会は荘厳な印象でしたが、こちらはポップな印象です。今日の目的地は、ダナンから約30km離れ、かつて日本人街もあって栄えた町、ホイアンです。ダナンからホイアンまでは列車がないため、タクシーで移動します。Thành phố Hội Anホイアンは、ベトナムとヨーロッパ、中国、日本との交易の街として栄えま...[続く]
洋館

4.ベトナム統一鉄道の旅 ハノイ→ダナン

昨夜にハノイ駅を出発、寝台車に乗車しました。眠りにつき、目が覚めると、Ga Hà Nội→Ga Đà Nẵng ベトナム統一鉄道フエ駅に到着していました。ここフエはベトナムの旧首都であり、グエン朝の都がおかれていた場所です。多くの観光客がここで下車し、フエ市街地に足を進めていたようです。私はここフエで下車せずに、次の停車駅ダナンまで引き続き乗車を続けます。日も出ておりようやく外の景色を眺めることができました。ベトナムの中でも人口の少ない地区を現在走っているようですが、イメージ通りの南国の景色が広がります。途中、行き違いのため運転停車をしました。ローカルな雰囲気漂う駅です。写真に写る車両は現在も使用されているのでしょうか。それでは、ここで車内を探検してみましょう。ベトナム統一鉄道の座席仕様は、4つの設備があります。ソフトスリーパーこちらが今回一晩を過ごした寝台車です。車両の片方に通路があり、各寝台は開放式二段寝台と、かつて日本国内でも多数運転されていた開放式B寝台車です。マットレスは睡眠をとるのには十分な設備であり、人にもよりますがこの設備であれば快適な旅になること間違いないでしょう。ち...[続く]
洋館

3.歩いて巡るハノイ観光 歴史編

Bảo tàng Lịch sử Quân sự Việt Nam続いて到着したのはこちらベトナム軍事歴史博物館です。こちらはMIG21と呼ばれる戦闘機この旅はベトナムをハノイからホーチミンへと全土を縦断する旅ですが、その裏テーマとして定めていたものの1つに、戦争があります。ベトナムで戦争といえばもちろん、冷戦の代理戦争として悪名高いベトナム戦争が連想されます。この軍事歴史博物館は、ベトナム戦争に限らずベトナムのこれまでの歴史の中での戦争についてが展示されています。入口を入ってすぐに旧ソ連製の戦車T54B型も展示されており、緊張感があります。館内には日本語での説明書きはなく、細かな説明を理解するにはベトナム語もしくは英語が読める必要があります。ただしそこまで難しい内容ではないので、おおまかな概要を把握するくらいであれば問題はないでしょう。この飛行機は冷戦当時の旧ソ連側陣営で普及していたIlyushin Il-14と呼ばれるモデルです。当時はプロペラ機だったのですね。機体上部には「ベトナム航空」の文字が書かれていることから、民間機であったことが予想されます。そして屋外の展示で一番目立つの...[続く]
洋館

2.歩いて巡るハノイ観光 旧市街地編

ハノイの宿で一夜を明かし、朝から早速市内観光です。今回ハノイで泊まった宿はこちらでした。ここの宿にした理由は1つ、日本にある某ファミレスチェーンの名前に似た響きであったからです。今日の夜はハノイにはもう1泊せず、寝台列車でハノイを出発する予定です。たった1日ではありますが、ハノイを満喫すべく各所を巡ります。Tháp nước Hàng Đậuホテルから出てすぐ歩いた先の景色がこちら!ハンダウ給水塔と呼ばれる建物です。そして驚くのはその前の道を通る原付バイクの通行量の多さ!さすがベトナムというべき光景です。しばらくは見慣れない街並みを散策しながら歩きます。この道の両脇に駐輪された原付の多さが、ベトナムの原付の普及度と都市部の過密さを現しているようです。奥に見える史跡はÔ Quan Chưởngと呼ばれる城門跡です。非常に騒がしいここはハノイの旧市街地中心部で、昼間は常に人が行き交います。ここ市街地には、日本で事前に手配したベトナム統一鉄道の乗車券を購入した代理店がありました。日本語の通じる会社でしたので、無事にチケットを受け取り、ようやく長く続く旅の準備が整いました。Đền Ngọc S...[続く]
洋館

1.社会主義国ベトナム旅行をする前に必要なこと

今年もやって来ました夏休み。去年の海外はマレーシア・シンガポールを訪れ、鉄道で縦断の旅をしました。次もまた別の国に行きたいなあなんと考えていたところ、ベトナムで行われるとある企画が目につきました。大学生が参加しがちなとある海外インターンです。これから経済発展の見込めるベトナムの旧日本人街・ホイアンで2週間滞在、ビジネスについての知見を広げるためのものです。でもせっかくベトナムに行くのだからそれだけでは物足りない、ということで、海外インターンの前後で現地滞在して他の街も訪れよう!と思い立ちました。しかし、ベトナムを訪れるには見逃すことは許されない大事な点があります。それはビザの存在です。ベトナムの原則として、観光目的であっても入国には事前に滞在ビザの取得が必要となります。ただし日本を含む一部の国では一定期間内の観光目的であればビザが免除されます。日本の場合はそれが15日間であり、先ほどのインターンのプログラムも2週間でした。つまり、単純に前後で観光しようなどという安易な考えはビザを取得しなければ難しいのでした。他の都市の観光はしたい、でもビザを取得しなければそれは叶わない…私の下した結論...[続く]
タワー・展望台

5.幕末の歴史を感じる 港町函館巡り

北海道旅行も最終日となりました。今日はゆっくりめのスタートです。元町公園ここ元町公園には、旧函館区公会堂と呼ばれる洋館があります。前回函館に訪れた時にも立ち寄りましたが、今回もしっかりと見物します。ここ元町公園の立地は、周辺市街地よりも少し高い函館山の麓に位置しており、函館の港町を一望することができます。それでは、早速中の見物に入りましょう。旧函館区公会堂「公会堂」と名前がつくだけあり、大人数が集まることのできるホールもあります。建物からの景色はこの通り。港町函館を象徴するかのようなイメージです。個人的に、洋館といえばいつまでも眺めていて飽きない階段が魅力です。旧イギリス領事館元町公園のすぐそばに立地する、旧イギリス領事館も一緒に訪れます。かつての領事官が函館の街並みを覗いています。金森赤レンガ倉庫前回2013年当時は時間の関係で訪れることが叶わなかった、金森赤レンガ倉庫です。函館といえばこちらの景色をイメージする方も多いのではないでしょうか。いずれの倉庫も、現在は造られた当時と同じ倉庫利用はされておらず、函館のみやげ物や名産を提供するレストランとして利用されています。赤レンガ倉庫のす...[続く]
タワー・展望台

4.函館の珍温泉地 水無海浜温泉へ

久しぶりの北海道討ち入り、昨日まで札幌・小樽を中心に旅をしてきました。今日からは大きく訪れる場所を変え、函館へ向かいます。札幌を今回の旅の目的地とすると、今日からの行程は帰り道にあたります。札幌駅→新函館北斗駅 スーパー北斗北の大地北海道はかなり大きな土地です。札幌→函館は特急に乗車して3時間以上かかります。発車してしばらく、千歳線に入ると雪の降り積もった山々を横目に、列車が進みます。千歳線は平らな土地を走るため、窓の外に広がる景色も果てしないように見えます。苫小牧を過ぎると、窓の外の景色も雪の平原から港町に変わります。春ではありますが、どこか荒々しさが漂う海です。窓の外から見える、頂上が雲に隠れた山は、北海道駒ヶ岳でしょうか。列車は室蘭から内浦湾をぐるっと周回、下車するのは、新幹線との接続駅、新函館北斗駅に到着です。新函館北斗駅→函館駅ここからは列車を乗り換え、函館まで向かいます。乗車するのは1番のりばから出発する、快速はこだてライナーです。この形式ははこだてライナー専用なのか、車体にロゴが印刷されています。これはかなり珍しいことでしょう。このはこだてライナーは北海道新幹線の開通した...[続く]
タワー・展望台

3.札幌名所建築巡り

小樽駅→札幌駅前回小樽での散策を終え、札幌に戻ります。昭和初期の歴史的建造物が街のあちこちにある小樽ですが、駅もその例に漏れず昭和の雰囲気を漂わせています。照明もガス灯がモチーフでしょうか。小樽は札幌の衛星都市のような側面もあり、札幌までの区間は数多くの列車が発着しています。特に札幌から先、北海道の玄関口である新千歳空港行きの直通快速も頻繁に運転がされており、この区間の鉄道の重要性を物語っています。一方で、北海道新幹線が札幌まで延伸がされると札幌と反対方向、ニセコ方面の路線は廃止の検討がなされているとか。北の大地の厳しさを感じます。小樽築港から銭函は海沿いの線路を走ります。ここ石狩湾から、ロシアを越えどこまでも遠く行けてしまいそうな気がします。札幌駅まで戻ってきました。北海道庁赤れんが庁舎まず訪れるのは、昨日時間が遅く中の見学ができずに終わった旧北海道庁です。積もった雪とレンガの赤が良いコントラストに思います。赤のカーペットが優雅さを際立てます。当時の市長室や、応接室もしっかりと見学します。縦方向に吹き抜ける階段は何と美しいのでしょう。一通り内部を見終え、続いては札幌といえば!の名所に...[続く]
タワー・展望台

2.小樽散策 昭和の面影を探して

中島公園駅→宮の沢駅宿のある中島公園から、今日も旅を始めます。地下鉄東西線に乗車、西の端である宮の沢駅に到着しました。ここ宮の沢駅が最寄りの観光スポットは、あの有名なお菓子の工場ですが、そこには目もくれずに今日もまた温泉に浸かります。やってきたのはこちらの日帰り温泉施設です。一見するとアクセスに難ありのようにも思えますが、宮の沢駅から無料送迎バスが出ているため、簡単にアクセスすることが可能です。ゆっくり温泉を楽しんでいると、時刻はお昼近くとなりました。次はまた施設の無料送迎バスに乗車、今度は小樽市中心部へと異動します。温泉施設を利用することにより、札幌から小樽を無料で移動することができました。三角市場続いて訪れたのは、小樽駅前すぐの市場、三角市場です。ここで北海道ならではの海鮮丼をいただきました。旧手宮線跡海鮮丼でお腹が膨れたところで、いよいよ街に繰り出します。こちらの雪で埋もれている道は、自動車や人の通常往来しない、廃線跡です。その名も国鉄手宮線と呼ばれ、観光スポットの1つに数えられています。小樽中心市街地の真ん中を縦に貫くように敷かれた線路は、かつて小樽の炭鉱から産出された石炭を運...[続く]
タワー・展望台

1.(o▽n)

マレーシア・シンガポールから帰国して数日、今度は雪の残る北の大地へ出発です。成田国際空港→新千歳空港 (NRT→CTS)台湾に行く時にも利用したバニラエアで北海道まで飛びます。北海道も、以前訪れたのは函館止まりでしたが、今回は北海道の中心、札幌まで直行です。以前の普通列車乗り継ぎの旅と比べると、飛行機とは何とも便利な乗り物だと実感します。新千歳空港に到着です。新千歳空港駅→新札幌駅ここからは、快速エアポートで一気に札幌市街地まで移動します。約1時間の乗車で新札幌駅に到着です。ここ新札幌は札幌市の中でも郊外に位置しますが、JRのほかに地下鉄も乗り入れる、交通拠点となっています。ちょうどいい時間でしたので、ここ新さっぽろで昼食に札幌ラーメンを食べることとしました。店内は昭和の雰囲気漂う装飾で、食事以外も楽しむことができました。新さっぽろ駅→南平岸駅続いて地下鉄に乗り換え、新さっぽろから大通で乗り換え、南平岸で下車します。南平岸、とある界隈ではとても有名な地名ですが、私も例に漏れずそこを訪れることにしました。平岸高台公園ここまで読まれた方であれば、これ以上の説明は不要でしょう。北海道テレビ社...[続く]
公園

9.中国国際航空で東京へ

長かった旅も今日が最終日、あとは日本へ帰国するだけとなりました。Little India Station→Changi Airport Station日も完全に昇りきらない時間ですが、空港に向けMRTに乗車します。チャンギ・エアポート駅に到着です。空港敷地内の駅でもあり、多くの荷物を持った人々を裁くため広いホームが到着です。Singapore Changi Airport→北京首都国际机场 (SIN→PEK)ここシンガポールのチャンギ国際空港はアジアでも有数のハブ空港であるとともに、サービス水準・満足度も世界で最高水準を誇る空港です。ここから搭乗するのは往路と同じく中国国際航空です。機体の塗装は東海道新幹線を思わせます。約6時間のフライトで北京に到着です。北京首都国际机场→東京国際空港 (PEK→HND)今回の旅の最後のルート、北京から東京までの飛行機です。こうして見ると飛行距離も関係あるのか、機材の大きさも違うものだなあ、と実感します。夜になり羽田空港に到着、今回の旅もここで終了です。
公園

8.マリーナベイ・サンズとマーライオン 定番の観光地巡り

Harbourfront Station→Bayfront Stationセントーサ島から再びシンガポール島に戻り、今日はここから残りはシンガポールのランドマーク的建物である、マリーナベイ・サンズ周辺の観光をします。マリーナベイ・サンズの最寄り駅である、Bayfrontに到着しました。そのままマリーナベイ・サンズを真下から見上げてもいいのですが、せっかくなので少し離れた場所から全景を見ることにします。Youth Olympic Parkやって来たのは、マリーナベイ・サンズからヘリックスブリッジを渡った対岸にある、ユースオリンピック公園です。これまで史上、シンガポールでオリンピック・パラリンピックが開催されたことはないのですが、ここは2010年に開催されたユースオリンピック大会を記念した公園です。ユースオリンピック公園からヘリックスブリッジとマリーナベイ・サンズを眺めます。ヘリックスブリッジはDNAの二重らせん構造に着想を得た、特徴的なデザインです。昨日は夜景を眺めたここウォーターフロントエリアから、高層ビル群の昼間の景色を眺めます。ライトアップされた夜景も素晴らしいものでしたが、昼間の...[続く]
公園

7.シンガポール一のリゾート地 セントーサ島へ

Little India Station→Harbourfront Station今日も朝からMRTに乗車、シンガポール一のリゾート地へと向かいます。シンガポールのMRTは最前部に運転席がないため、このような前面展望の写真も撮影できます。セントーサ島への最寄りのMRT駅、Harbourfrontに到着です。ここからモノレールに乗り換え、セントーサ島入りを果たします。VivoCity Station→Beach StationMRTとモノレールの乗り換え駅はそれぞれHarbourfront/VivoCityと呼ばれていますが、そのうちVivoCityではセントーサ島に行く人々の利便性を考慮し、便宜的にsentosa stationとして案内されています。これは私のような始めてシンガポールを訪れる外国人観光客にとっても、わかりやすく親切でしょう。シンガポール島とセントーサ島との間にある、こちらブラニ島です。こちらは島の大半が貨物コンテナターミナルとして使用されており、シンガポールの日常風景の一部を覗くことができました。セントーサ島の入口にはこのように観光客を歓迎する門が出迎えてくれます。終...[続く]
公園

6.MRTで廻るシンガポール周遊記

シンガポールの安宿で夜を明かし、今度は早速シンガポール観光の始まりです。Little India Station→Chinatown Stationシンガポール国内での主な交通手段はMRTといえるでしょう。朝の通勤時間帯に近いこともあり、車内と駅は激しく混雑しています。そして何よりまず驚いたのは、駅のエスカレーターが速いことです。ChinatownMRTの駅から地上に上がると、すぐこのように中華風情の漂うモニュメントが現れました。多民族国家であるシンガポールでは、少し離れるとまったく違う国のような風景が広がり、散策して飽きないことでしょう。Sri Mariamman Temple早速中華文化圏に隣接して、ヒンドゥー教の寺院がありました。KLでヒンドゥー教の聖地には訪れていましたので、ここでは前を通り過ぎるのみとしました。そのままMaxwell方面に歩くこと数分、シンガポールでまず訪れたかった場所がこちらSingapore City Galleryそれがこちら、シンガポール・シティ・ギャラリーです。シンガポール発展の歴史や現在の都市計画について、なんと無料で楽しむことのできる施設です。こ...[続く]
公園

5.KLから国際列車でシンガポールへ

この旅のタイトルでもあるマレー半島縦断を掲げながら、KL近郊で過ごすこと3日が過ぎました。いつまで経っても縦断を始めませんでしたが、今日はいよいよ縦断の日です。今日の目的地はマレーシアの隣国のシンガポール、お昼にKLを国際列車で出発、途中複数回列車を乗り換えながらシンガポール国境のJB(ジョホール・バール)へ、陸路で国境を超え今日の宿のあるシンガポール中心部まで、およそ350kmの大移動です。距離だけ見ると東京~名古屋と大きく変わりませんが、KL~シンガポールは新幹線のような高速鉄道で結ばれておらず、かつ国境をまたぐため、緊張感があります。Stesen Taman Tun Dr Ismail (TTDI)→Stesen Pasar Seni3日間の夜を過ごしたTTDI、そして部分開通のMRT線ともこれでお別れです。次回来るときはきっと全線開通していることでしょう。Central MarketPasar Seni駅で下車してすぐ、KLの伝統的市場のセントラル・マーケットに到着です。ここでマレーシアならではの織物やお菓子を見物します。東南アジアならではの客引きには要注意です。ここは昨日も外...[続く]
公園

4.KLの伝統とランドマーク建築物を巡る

KTMB Keretapi Tanah Melayu BerhadKL駅から出て目の前、どこかアジアのようでありながらヨーロッパのような建築様式の建物はマレー鉄道本社ビルです。かつてはここからシンガポールまで至る鉄道をすべて一括管理していたのですね。Masjid NegaraKL駅から歩くこと数分、前回もマレーシアを観光した際に訪れたこのモスク、今回もしっかりと見物します。内部は撮影禁止となっています。私もイスラム文化への敬意を払い、カメラは鞄の中にしまっておくこととします。Muzium Tekstil Negara / Bangunan Sultan Abdul Samad手前(右側)の建物は国立繊維博物館です。マレー半島の伝統的衣装や織物の展示がなされており、なんと無料で見物することが可能です。そして奥(左側)の建物は旧英国植民地時代の連邦事務局です。Dataran Merdekaそんな伝統的建造物が並ぶ通りの向かいには、ムルデカ広場と呼ばれる、いわゆる独立記念公園があります。マレーシアが英国植民地から独立した8月31日には、マレーシア国旗が初めて掲げられた場所だとか。St Mar...[続く]