月見山ヒカリ

マレー半島縦断 2017冬

3.ヒンドゥー教の聖地 Batu Caves へ

Stesen Taman Tun Dr Ismail (TTDI)→Stesen Batu CavesTTDIの安宿で朝を迎え、雨が降る中旅を続けます。まずはTTDIから部分開業のMRTに乗車、未開業のKL中心部とは逆方向に進みSungai Bulohへ、そこからKTMコミューター(いわゆるマレー鉄道の近郊電車)に乗車します。朝の下り、さらに都心とは逆方向のため車内はガラガラでした。Sungai Bulohに到着です。Sungai Bulohは昨年開業したばかりの新駅ということもあり、コンコースも非常に綺麗です。利用率は…写真を見ての通り。今後路線が延長すれば利用者も増えることを期待したいです。ここからはKTMコミューターに乗車します。車内はこのように、日本の通勤電車とは雰囲気が大きく異なります。いかにも海外の電車、といった光景です。列車はゆっくりと進み、KL中心部にほど近いPutraに到着、ここからまた列車を乗り換え下り方面に乗車、乗り換えた終点が今日最初の目的地、Batu Cavesです。終点のBatu Cavesに到着です。終着駅でもあるため人はまばら、駅構内も広々としています。...[続く]
マレー半島縦断 2017冬

2.Rapid KLを利用してKL市内観光 KLCC

Stesen KLIA2→Stesen Sentral Kuala Lumpur空港敷地内の宿で一夜を明かし、翌朝はクアラルンプール国際空港とKL市内のターミナル駅KLセントラル駅を結ぶ空港アクセス鉄道、ERL(KLIA Ekspres)に乗車します。この鉄道は時速160km/hと京成スカイライナーと同じ最高速度、KL市内と空港をわずか約30分で結びます。車窓からは東南アジアらしい風景が広がります。しばらく走行、KL市内に入り終点のKLセントラル駅が近づくと、日本でもおなじみのショッピングモールイオンも現れます。日本のイオンのある風景との大きな違いは、ショッピングモールの背後に高層建築物が立ち並ぶ点でしょうか。終点KLセントラル駅に到着です。KLセントラルの駅構内を歩いて移動、KTM改札前までやってきました。ここは非常に多くの人々が行き交う、その名前の通りのKLの一大ターミナル駅です。Stesen KL Sentral→Stesen KLCCそれでは、続いて市内観光に出かけましょう。まず乗車するのはKL市内を縦横無尽に走るLRT、rapidKLです。中でも今回利用するのはクラナ・ジャヤ...[続く]
マレー半島縦断 2017冬

1.日本から北京を経由してマレーシアへ

2016年は大学に入学、まだ慣れない大学生活を楽しみ、旅行もまずは国内が中心に動いていました。そして今度はいよいよまた国外に行こうと思い立ち、気がつけば安い航空券を探していました。ちょうど1年前の台湾以来の海外旅行の始まりです。東京国際空港→北京首都国际机场 (HND→PEK)飛行機で旅を始めるには、成田空港を利用することの多い私ですが、今日は珍しく羽田空港から出発する便を利用します。国内便の発着が多い羽田空港ですが、今回は国際線ターミナルから出発します。今回利用するのは日系の航空会社のマレーシア直行便ではなく、中国国際航空で一度北京へ、北京で便を乗り継ぎクアラルンプールへ向かいます。海外のキャリアを利用するのは今回が初です。やはり海外の会社であるだけあり、乗務員も日本人ではなく、また離陸前に流れる安全VTRが中国語メイン、また乗客がパンダである点が新鮮でした。そう時間もかからないうちに北京に到着です。これもまた初中国ではありますが、今回はトランジットのため入国はせず、制限エリア内で次のクアラルンプール行きを待ちます。北京首都国际机场→Lapangan Terbang Antaraba...[続く]
日光紅葉狩り 2016秋

日光紅葉狩り

九州への大旅行を終え、次はどこに行こうかなんて考えている時、ふと大学の帰りに金券ショップを覗くと、東武鉄道の株主優待券が売られているのに気づきました。株主優待は、市場に上場している企業がその株を持っている株主に対し自社のサービス・製品を優待する制度で、株さえ買えば誰でもその恩恵を受けることができます。中でも鉄道会社では自社の路線の運賃割引、または区間を特定しない優待乗車証(乗車券)として発行されています。もちろん東武鉄道は東証一部上場企業ですので、こうした株主優待制度として自社の路線が片道であればどこまでも乗車が可能な乗車券(東武鉄道においては「電車全線優待乗車証」の名称)を株主向けに発行しています。そしてその株主優待券の処分は各株主の自由であるため、街中いたる場所に店を構える金券ショップにて換金、それが一般に販売されているケースが散見されます。そのため金券ショップへ足を運べば、私のような資本家でもないただの学生でも、株主優待制度の恩恵を受けることが可能という訳です。そういえば、こういった株主優待券を使ったことはないなあなんて思いながら、せっかくですのでよりお得な(乗車区間が長い)使い...[続く]
旅名人の九州旅 2016夏

11.平和の街 長崎を巡る

長崎観光も後編となりました。出島長崎といえば出島!ということで訪れたのはこちらへえ…出島ってこんなに小さいのか…という冗談も挟みつつ、こちらが本物の出島内部です。出島の中にミニ出島があるという入子構造になっています。残念ながら(?)建物のほとんどは復元によるものだそうですが、かつてここ出島が日本から世界へとつながる拠点であったことは感慨深いものです。旧出島神学校そんなかつて出島として整備された人工島の角に位置しているのがこの旧出島神学校です。そして今撮影している場所、学校の左右に伸びる道は江戸時代は海であったというのだから驚きです。商人としてやって来たのは祖国から離れた遠い異国の地、それも文化もまったく異なり、現代のような自由も保障されていない中、最後に頼るのは神という当時の外国商人の人々に思いをはせることのできる場所です。築町電停→赤迫電停再び路面電車に乗車、目指すのは終点赤迫電停です。ただ特にすることもないので折り返し赤迫電停→松山町電停途中の松山町で下車、長崎に来たら絶対訪れておきたい場所へ平和公園電停から通りを渡り、到着したのは平和公園です。噴水の手前に石に刻まれている言葉が、...[続く]
旅名人の九州旅 2016夏

10.和洋の入り交じる幕末の長崎を巡る

長かった旅も今日が最終日となりました。今日は朝から長崎市内を観光、観光を一通り終えたら特急かもめで博多・福岡へ、夜の飛行機で東京まで戻ります。まずは初めて訪れた長崎がどんな街から知ることから始めましょう。長崎駅前電停→蛍茶屋電停長崎といえば街中に張り巡らされた路面電車網です。昨日はレンタカーを使い旅をしてきましたが、今日は路面電車で市内観光をメインに予定しています。まずは蛍茶屋を目指します。蛍茶屋電停は昨日レンタカーで通過した日見バイパスに位置しています。すぐ目の前にそびえ立つ山と山肌に建てられた住宅が長崎らしさ全開です。蛍茶屋電停→正覚寺下電停続いては朝夕限定の運転系統である4系統で、正覚寺下へ向かいます。正覚寺下の特徴は、何と言っても電停そのものです。それが、こちら線路が敷いてある場所、そこは川の上に架かっているのです。ここ正覚寺下電停は玉帯川上に位置しており、小さなホームからは川面を望むことができます。この小さな玉帯川は市電の走る思案橋通りの下を暗渠として流れています。思っていたよりも良い雰囲気の街でしたので、今度は市電ではなく街中を歩いてみることにします。めがね橋正覚寺下電停か...[続く]
旅名人の九州旅 2016夏

9.初のドライブ旅 雲仙編

初のドライブ旅、鬼池港からフェリーに乗船します。鬼池港鬼池港は国道324号に隣接しており、また有明海の内側に面する位置にあります。こちらが鬼池のフェリーターミナルです。今回は熊本市内からここまで一緒に旅をしたレンタカーも連れて乗船します。自動車を船に乗せるのは初めてのため、念のため余裕をもって到着、早めにチェックインをしておきました。鬼池港の周辺を10分程度散策していると、まもなく乗船の案内が流れ、車に戻ります。最後に、鬼池港そばの天草四郎像を見上げて熊本県を離れます。島鉄フェリー 鬼池港→口之津港レンタカーを車両甲板に停車させ、荷物を持って客室に移動します。しばらくするといよいよ出港の時刻となりました。有明海の両端の入口を結ぶように、フェリーは海を横断します。潮の流れは穏やかでした。このフェリーは乗船時間は約30分ほどで、そう長くはありません。そのため、しばらく進むと対岸の長崎県は雲仙岳もくっきりと見えるようになりました。客室から景色を撮影したり、船内を散策したりして時間を過ごしていると、まもなく口之津港に到着です。長いようで短い船旅でした。船は無事に口之津港に到着、みなさん順序よく...[続く]
旅名人の九州旅 2016夏

8.初のドライブ旅 天草編

いよいよ今日が初の車旅となりました。ちょうど1か月前に自動車免許を取得したばかり、初心者マークが手離せない新人ドライバーですが、果たして無事故で旅を終えることはできるのでしょうか。今日の行程は、宿のあった熊本市内から、宇土半島を進みそのまま天草へ、天草下島の鬼池港からカーフェリーに乗船、長崎県の南島原にある口之津へ渡ります。そのまま雲仙の山を自動車で上り、温泉を満喫した後、今日の目的地であり初めて訪れる長崎市内までのロングドライブです。熊本→三角まずはホテルからは電車で熊本駅に移動、熊本駅前のレンタカー屋さんにて今日のお供であるレンタカーを借ります。たどたどしくチェックインを済ませ、恐る恐る熊本駅前のレンタカー屋さんの敷地から、緊張感を持ちながら左右を確認、車を発進させます。しばらくしたら交通量の多く緊張感の抜けない熊本市内を抜け、隣の宇土市から宇土半島を天草方面に伸びる、国道57号に出ます。国道沿いの途中のコンビニに休憩がてら立ち寄った際、目の前に広がっていたのは有明海でした。干潟で有名な有明海ですが、この目で見るのは初めてです。しばしの休憩を終え、引き続き同じ国道57号を走ります。...[続く]
旅名人の九州旅 2016夏

7.路面電車で巡る鹿児島市内観光

特急 はやとの風で鹿児島中央駅に到着しました。鹿児島中央電停→高見馬場電停鹿児島中央の駅前です。鹿児島中央駅といえば大階段のイメージがありましたが、いつの間にか改良工事がなされなくなってしまったそうです。鹿児島のしない交通の定番である、路面電車に乗車します。中央駅から鹿児島の中心市街地、天文館まで移動します。鹿児島グルメ鹿児島といえばラーメン!ということで昼食はこちらのお店に寄りました。そしてもう1つの定番である、巨大なかき氷屋さんにもデザートがてら立ち寄ります。店の前ではこちらも大きなシロクマが出迎えてくれます。鹿児島市内散策天文館と呼ばれる鹿児島の繁華街では、このようにアーケードが張り巡らされ、天候関係なく買い物を楽しむことができます。奥に見える鳥居は、鹿児島の氏神である照國神社です。その奥、山の中腹の建物は城山ホテルで、鹿児島市内の景色を一望できます。そしてその照國神社鳥居のそばにあるのが、市内でおそらく一番大きな公園である中央公園です。鹿児島市中央公民館西郷隆盛銅像です。上野公園の銅像とは異なり犬は連れていません。鹿児島市役所から海に向かって一直線で整備されているのは、みなと大...[続く]
旅名人の九州旅 2016夏

6.いさぶろう・はやとの風で行く肥薩線の旅

熊本は水前寺のホテルで一夜を明かし、朝からまた旅を続けます。熊本駅→人吉駅熊本駅から乗る列車は、いさぶろう1号です。この列車は熊本から八代までを鹿児島本線、八代から肥薩線に入り球磨川に沿って人吉、人吉から先は日本三大車窓の一つに数えられる矢岳高原を走り、終点である鹿児島県の吉松までを走ります。特に八代から先の肥薩線内は美しい車窓が連続しており、乗っていて飽きない路線です。この旅のメインでもあり、ここまで来るのをとても楽しみにしていました。いさぶろう号から望む車窓です。窓のカーテンも通常のカーテンではなく、すだれが採用されており旅の雰囲気を上げてくれます。このいさぶろう号に使用されている車両は元は通常のローカル線で使用されている気動車でしたが、2004年の九州新幹線一部区間開業に伴い、この風光明媚な肥薩線を走る観光列車に改造されました。私はこの列車に乗車するのは今回が初ではなく、以前小学生だった頃に乗車したことがあります。その時は熊本駅発着ではなく、人吉~吉松の区間のみの運転でした。この今乗車しているいさぶろう1号も、当時は人吉駅を始発としており、現在乗車している熊本から人吉までの区間は...[続く]
旅名人の九州旅 2016夏

5.熊本の鉄道を駆使し市内を巡る

天神から西鉄を乗り継ぎ、太宰府を経由して大牟田までやって来ました。その大牟田からまた旅を続けます。大牟田駅→上熊本駅ここ大牟田は、かつて三井三池炭鉱が存在、石炭資源の街として栄えた歴史があり、それは2015年に明治日本の産業革命遺産として世界遺産にも認定されました。江戸時代から採掘の行われていた歴史のある炭鉱ですが、エネルギー政策の転換により閉山となりその歴史に終止符を打ちました。また、県境をまたいだ熊本県荒尾市とも関係が深く、同一の都市圏を形成しています。裏を返せば、一体的な市街地に県境が引かれている事例は数少ないということです。ここで採掘された石炭は、日本各地の近代化に大きな貢献を果たしました。その歴史が少しではありますが駅でも感じることができます。大牟田までは西鉄で移動してきましたが、ここから先熊本県内にはJRのみが路線を伸ばしています。普通列車で各駅に停車し、熊本駅の1つ手前、上熊本駅に到着です。上熊本駅→御代志駅ここ上熊本駅には、JRの他に熊本市電・熊本電鉄が乗り入れるターミナルとなっています。各路線の駅は隣接しており、乗り換えに不便することはないでしょう。そんな上熊本駅から...[続く]
旅名人の九州旅 2016夏

4.西鉄で行く太宰府天満宮の旅

福岡のビジネスホテルで一夜を明かし、今日もまた九州の旅を進めることにします。西鉄福岡(天神)駅→太宰府駅西鉄の都心側の起点である福岡(天神)駅は、福岡の伝統的市街地の天神地区のど真ん中に位置しています。元々は現在の福岡・天神地区も古くは博多と呼ばれていた地域の一部でしたが、江戸時代初期に黒田官兵衛がこの地を統治するにあたり、城(現在の舞鶴公園)および城下町(大名・天神)を新たに整備しました。その際に「福岡」と街を名付けたことに始まります。それ依頼、福岡中心部を流れる那珂川を挟んで博多と福岡と呼ばれるようになりました。ゆえに城下町の中心部に始発駅を設置した西鉄の駅は福岡(天神)と呼ばれ、郊外に日本各地と路線をつなげる必要もあった国鉄が設置した駅は博多と呼ばれることになりました。博多駅と博多港を一直線に結ぶ通りは「大博通り」と呼ばれ、国内・海外に行くことができる博多港も同じく伝統的な博多地区に位置しています。今日の旅はまさしく福岡から始まります。昨日は同じ西鉄でも、独立路線である貝塚線に乗車しましたが、今日は念願の西鉄の本線系統に初めて乗車します。特急に乗車し、まず向かうは福岡県といえばこ...[続く]