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取材:2014年1月
鉄路は神仏の山を登り,天空の園地へ。冬の生駒山で出会う歴史の陰影と息を呑む眺望
冬の山嶺に流れる空気は,どこまでも冷徹で,それゆえに美しい。
2014年1月。関西の冬独特の,時折薄日が差し込む穏やかな朝,私は近鉄奈良線の生駒駅に降り立った。大阪と奈良を隔てる生駒山地は,古来より信仰の山として,また近代においては都市の喧騒から逃れる行楽の地として愛されてきた。冬休みの旅を満喫している高校生の私は,大正のモダニズムと江戸の祈りが交錯する不思議な鉄路へと足を進めた。目的地は,生駒山の頂に佇む,日本最古の現役営業を続ける遊園地である。
生駒駅から少し歩き,鳥居前(とりいまえ)駅へと向かう。ここから始まる近鉄生駒ケーブル(生駒鋼索線)は,大正7年(1918年)に日本最初の商業用ケーブルカーとして開業した歴史を持つ。
発車を待つ車両は,犬や猫を模した愛らしいデザイン(2000年に導入された「ブル」と「ミケ」)であり,どこかノスタルジックな遊園地のプロローグを奏でている。しかし,ガタゴトと車体を震わせて走り出した列車が登る線路は,単なる娯楽の道ではなく,古くから続く圧倒的な聖地へと続く参道でもあった。
聖天通りの静寂と,神仏習合の残り香
最初の終点である宝山寺(ほうざんじ)駅で一度下車,山腹に広がる門前町「聖天(しょうてん)通り」へと歩みを向けた。
石畳の緩やかな坂道が続くこの通りは,江戸時代から「生駒聖天」として親しまれる宝山寺の門前として栄えてきた。古びた旅館や木造の料理屋,独特の格子窓を持つ建物が並び,どこか昭和の,あるいは大正の迷宮に迷い込んだかのような錯覚を覚えさせる。まだ人通りのまばらな朝,冷たい風が木造建築の隙間を吹き抜けるたび,かつてここを埋め尽くしたであろう参拝客たちの熱気や,灯籠に火を灯した人々の手の温もりが,時を超えて蘇ってくるようであった。
宝山寺は,延宝6年(1678年)に湛海(たんかい)律師によって開かれた。本尊の歓喜天(聖天)は,商売繁盛や夫婦和合の神として,とりわけ大阪の商人たちから絶大な信仰を集めてきた。背後にそびえる般若窟(はんにゃくつ)と呼ばれる巨岩を見上げる。仏教の修行場でありながら,どこか土着の神奈備(かんなび)としての霊気を発するその姿に,高校生の私は畏怖の念を抱かずにはいられなかった。歴史の教科書だけでは計れない,神と仏が渾然一体となった日本の祈りの本質が,この生駒の山肌には今も生々しく息づいているのである。
■ 生駒ケーブル 旅のメモ(2014年1月現在)
生駒ケーブルは,山麓の「鳥居前〜宝山寺(宝山寺線)」と,山上の「宝山寺〜生駒山上(山上線)」の2区間に分かれている。運賃は片道大人360円(2区間乗車の場合)。山上線は大正時代からのクラシックなレトロ車両「ドレミ」や「スイート」が運行しており,乗り継ぐことで旅情がいっそう深まる。
天空の遊園地,動かない遊具たちの物語
宝山寺駅から再びケーブルカーの山上線に乗り込み,さらに急勾配を登っていく。標高が上がるにつれ,車窓の向こうの視界がにわかに開け,終点の生駒山上駅へと到着した。
改札を抜けると,そこに広がっていたのは「生駒山上遊園地」である。
昭和4年(1929年)に開園したこの遊園地は,戦中の一時閉園や金属回収令による遊具の拠出という苦難の歴史を乗り越え,戦後も関西を代表するファミリーパークとして親しまれてきた。山頂の限られた敷地に配置されたアトラクション群は,どこか優しく,どこか懐かしい。
しかし,1月のこの時期,生駒山上遊園地は冬期休園の最中にあった。
色彩豊かな観覧車や,1953年に設置された日本現役最古の大型遊具「飛行塔」も,今は全ての動きを止め,薄日の下で静かに眠りについている。もちろん,高校生の私がここへ来たのはアトラクションに乗るためではない。遊具たちの沈黙が創り出す,小説の一場面のような静寂の美しさを味わうためであった。
眼下に広がる,百万人、千万人の営み
園内の展望エリアへと足を運ぶ。手すりに近づき,西側の視界が開けた瞬間,私は思わず息を呑んだ。
眼下には,遮るもののない圧倒的なスケールで「大阪平野」のパノラマが広がっていた。
薄日の差し込む冬の空の下,大阪の街並みが地平線の彼方まで果てしなく続いている。梅田の高層ビル群,かすむ大阪湾,そしてその向こうにうっすらと横たわる六甲山の山影。普段,自分がその中に埋もれて生きている「日常」という巨大な怪物が,ここでは一枚の精緻な地図のように静止していた。数え切れないほどの人々の,歓びや悲しみ,労働と休息が,あの無数のコンクリートの四角い箱の中に詰まっている。
遊園地という非日常の極地,それも冬眠中の静寂の頂から,人類の圧倒的な日常を俯瞰する。この奇妙なコントラストに,私の胸は不思議な高揚感と,同時に奇妙な安堵感で満たされていった。アトラクションのスリルなど必要なかった。この風の音と,眼下の巨大な営みをただ眺めているだけで,旅の時間は十分に贅沢なものへと昇華していたからである。
手袋の中で悴んだ指先を白く息で温めながら,私は再び駅へと向かった。
帰りもまた,あのレトロなケーブルカーが私を現実へと下ろしてくれる。山を下る列車の窓から,次第に大きくなっていく生駒の街並みを見つめながら,私はリュックサックを抱き締め直した。山頂の静寂と,眼下に見た果てしない日常の光。その二つの記憶を確かなお守りとして,私はガタゴトと響く鉄路の音とともに,自分の生きる街へと戻っていくのである。
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