2.飛鳥時代の歴史に触れる旅

畝傍御陵前駅→飛鳥駅

早朝の橿原神宮と神武天皇畝傍山東北陵を訪れ、次は歴史ある奈良の街でも、その名前を耳にする機会の多い街、飛鳥を訪れます。
ここ飛鳥には、歴史の教科書でも名前をよく見る遺跡や古墳の数々があります。

飛鳥駅に到着、駅前でレンタサイクルを借り、遺跡巡りに出発!

天武天皇・持統天皇 檜隈大内陵

まず訪れたのは、天武天皇・持統天皇陵です。壬申の乱の後、時期は異なりますが夫婦で即位した天皇です。日本の歴史に与えた影響はとても大きなものですが、その後もこうして現在まで夫婦で葬られているのは、なんだか心が温まるものです。

高松塚古墳

続いて訪れたのは、高松塚古墳です。この古墳は内部の壁画が有名で、歴史の教科書でもおなじみです。しかしながら被葬者は不明で、藤原京の時代に造られた、という事実のみが判明しています。

古墳の隣には高松塚壁画館があり、古墳内部の復元模写が展示されています。
せっかくなので内部もじっくり見学、壁画を眺めることができました。

飛鳥宮跡

続いては、ここ飛鳥の地に都があった遺跡である飛鳥宮跡です。推古天皇から持統天皇までのおよそ100年の間、ここで日本の政治が執り行われました。また、政変である乙巳の変の現場でもあります。

飛鳥寺

飛鳥寺は蘇我馬子の発願で建てられた日本最初の寺といわれています。596年創建とされています。また、ここの本尊は大仏であり、こちらも日本最古の大仏とされています。参拝料を支払い、早速中に入りましょう。

中に入ると、巨大な曼荼羅の展示もありました。

阿弥陀如来像です。

こちらが飛鳥大沸こと、釈迦如来像です。日本で最初の仏像とされ、およそ1400年もの間ずっとこの地にいるようです。

蘇我入鹿首塚

飛鳥寺のすぐ裏手に位置する蘇我入鹿首塚です。7世紀の時代に権威を振るった人物ですが、首塚は意外と質素なものです。

飛鳥水落遺跡

日本書紀に記されている日本初の時計の跡です。近くの川から水を引き入れ、当時の最先端技術である水時計がありました。時計は現代の我々にとっては当たり前のものですが、当時は画期的な技術だったのでしょうね。

飛鳥で訪れたかった遺跡も十分巡り、再び飛鳥駅に自転車で戻ります。

飛鳥駅→桂駅

飛鳥から次は京都に戻ります。ただ来た時と同じ、西大寺を経由するルートではつまりません。そこで、あえて別ルートをとり、遠回りしてみましょう。

まずは飛鳥から近鉄に乗車、古市で乗り換え長野まで移動します。

長野からは南海電車に乗り換えます。地味に南海には乗ったことは少ないです。

9.ラピート・スカイアクセス 西と東の空港アクセス線
道頓堀を散策した後、いよいよ大阪を旅立ちます。今日残る行程は、南海で関西空港まで行き、初搭乗となるLCCで成田空港、そして帰宅というものです。歴史を感じさせる外観の高島屋です。これから乗車する南海の難波駅は百貨店と一体となった造りです。難波駅→関西空港駅 南海特急ラピート前々から気になって乗ってみたかった列車の特急ラピートです。この斬新なデザインは現在でも古さを感じさせなく新車でも通用するのではないでしょうか。車内もこの通り、楕円形を基本のデザインとしています。1995年ブルーリボン賞受賞車両です。駅にて551豚饅を確保、ガラガラの車内によい匂いを充満させてしまいました。列車は定刻通り難波を発車、この列車はベータなので途中何駅かに停車します。りんくうタウンを過ぎると車窓に見えてくるのはおお…これが関西空港のターミナルか、と思っているとすぐに空港島内の終点、関西空港駅に到着です。関西国際空港改札の外に出ると、JRと南海の改札口が並んでおりました。一見仲良く並んでいそうですが、両社は空港輸送でライバル関係にあります。自分で手配したのは初めての飛行機、ワクワクさせます。乗るのはもちろん国内線...[続く]

南海でも難波までは乗らず、途中の天下茶屋で地下鉄に乗り換え、

また天六で阪急に乗り換え、

京都線の特急で桂に到着しました。

実に6本の列車を乗り継ぎ、2時間かけた大移動になりました。

桂駅→梅小路公園

阪急桂駅から次に訪れる京都鉄道博物館のある梅小路公園までは、バスで向かいます。
今回は関西私鉄に加え、バスも乗り放題です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました